幼女キラーの新井さん 2

「はい、あーん!」


「あーん……。もぐもぐ……おいしい!このおかしおいしいねー!」


「おー、うまいか! よかったな!」


ワゴンを押してやってきた車内販売のお姉さんから、ここぞとばかりに果汁100%のオレンジジュースと1番目立つところに置かれていたちょっと高価なチョコビスケットを購入して、みうちゃんにプレゼント。


俺がチョコビスを1枚取り出し差し出すと、何も知らない無垢な5歳の女の子は大きく口を開けて、俺の指先に少し唾液が引っ付くくらいまでにむしゃぶりついてくる。


その高価なチョコビスがよほど気に入ったのか、みうちゃんは満面の笑みを俺に向けながら身を捩るようにして2枚目をねだる。


妹幼女も、別でプレゼントした、たまごボーロを1個ずつポリポリと母親に食べさせてもらっている形な大宮駅から上野駅に着くまでの時間。


普通にいつも通り新幹線に乗っているだけでは、音楽を聞いていても、柴ちゃんなどと話していても、スマホをいじったりしていても、わりと長く感じるその時間が、今日ばかりはとても短く尊く感じられた。


それはみうちゃんにとってもそうであれば、俺が野球選手として存在する意味がまた大きくなる。そんな気分にもなり、チョコビスケットがあっという間に空になってしまった。




「間もなく、上野。上野駅に到着致します」





いざ上野駅に到着したら………。うえーん! とか、びえーっ! とか、なんでなんじゃゴラアァァッ!などと、みうちゃんが暴れまわると思っていたが……。



「おにいちゃん。いっしょにあそんでくれてありがとう。やきゅうかんばってね」


みうちゃんはそう言って俺と繋いでいた手を離し、母親の元に戻っていく。


しかし、後ろ髪を引かれる思い。本当はもっと俺と一緒にいたかったという幼女様の思いが俺の胸を締め付けてくる。


そんなみうちゃんの悲しさを押し殺したような顔に興奮しながら俺はチームスーツのズボンのポッケをまさぐる。


そしてそこから取り出したそれを少し屈み、金属のリングを指先に引っ掛けるようにしてみうちゃんに差し出した。



「はい、いい子にしてたみうちゃんにプレゼント。俺のキーホルダーだぞ! まだ発売していないすごいやつだ」


「え! くれるの!?」


みうちゃんに渡したのは、ギャル美がデザインした頭でっかちデフォルメキャラの俺が流し打ちしているキーホルダー。朝、宮森ちゃんから試作品でもらったやつだ。


「ああ。今日、みうちゃんと俺が出会った記念だ。大切にしてくれよ」


「うん! ずっとたいせつにする!!ありがとう、おにいちゃん!」



「おう!」



最後に幼女姉妹2人いっぺんに抱っこして、上野駅ホームの案内板をバックに母親のスマホで記念撮影し、姿が見えなくなるまで手を振りながら、俺は長いエスカレーターを上がり、みうちゃん達とお別れをした。





そして1時間後。俺は水道橋ドームに到着し、3塁側ベンチから出てグラウンドに降り立った。


グラウンドでは、東京スカイスターズの選手がフリーバッティングをしている。


いつもとは違う緊張感。まだお客さん達はいない。


妙に静まったグラウンドではスカイスターズの選手達がちょっとピリピリしたムードで、トレーニングウェア姿の選手が時折滴る汗を拭いながら、一心不乱にバットを振り、乾いた打球音が辺りに響く。


時折聞こえる打撃コーチの声とスタンドインしたボールが座席をコーンと叩く音が遠く、なんだか不気味。


それもそのはず。ついにペナントレースは佳境。どのチームもあと残り5試合を切り、いよいよ今日明日明後日の結果が最終順位を決定付ける段階にきているのだ。


今日明日と2連戦の相手は首位東京スカイスターズ。しかし、首位といっても、2位北海道とは0、5ゲーム差と1試合で順位がひっくり返ってしまう切迫した状況。


しかし、0、5ゲーム差とはいえ上に位置し、最下位であるうちとの試合なのだがら、北海道フライヤーズよりも、東京スカイスターズが有利なのは間違いない。


今日東京が勝てば、2位北海道の結果次第で優勝マジックの2か1が点灯するのだ。








一昨年、去年と東日本リーグのペナントレースを制している東京スカイスターズ。今シーズン15勝6敗とお得意様にしているうち相手に、100%で連勝を決めるために、今日明日と先発の2枚看板をぶつけてきた。


こっちは既に来シーズンを見越してのワクワク若手選手起用もしているというのに。無慈悲な戦術を取ってくるものだ。




「よーし、始めるぞ、並べー。まだバッティングやってるからなー」


他のチームメイト達も続々とベンチにやって来て、自分の所定の場所にグラブやらなんやらを置いて体をストレッチさせたり、お喋りをしながらベンチ前に姿を現す。


キャプテンである阿久津さんの呼びかけに従い、なんとなく3列くらいに固まって、まずは1塁側のファウルグラウンドでゆっくりとしたランニングを開始。


敵さんのバッティング練習の打球に気をつけながらゆっくりと走り出す。


両肩を回したり、膝を高く上げながら歩いたり、新幹線と上野駅からのバス移動でなまった体をほぐしながら、少しずつ試合に向けて気持ちを高めていく。


「準備出来ましたー!」


ランニングを始めて10分ほど。トレーナーや宮森ちゃんがストレッチ用のマットやサーキットダッシュに使うピンク色のマーカーコーンの準備も終わる頃合いだ。


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