試合前練習も真面目な新井さん
よっこらしょとマットに腰を下ろして、足を伸ばしたり、腰をひねってみたり。野手陣は揃って相手チームのバッティング練習やスタンドに消えていく打球をなんとなく見つめる。
「そういえば、このドーム近くに美味い鉄板焼き屋があるんすけどー」
「ああ、あそこだろ? あの交差点の角の………。あそこ夜10時までなんだよなあ。デイゲームじゃないと行けないよ」
「そうなんすかよねー。じゃあ今度あそこの寿司屋にでも行ってみますか。名前なんだっけな………江戸前……」
カアンッ!!
ゴーン!!
「飛ばすなあ。今のも左中間スタンドの中段だよ。軽々と」
「このドームは飛びますから。桃さんも引っ張ればあのくらい飛びますよ」
「いやいやいや、それ禁句だから」
みんなストレッチをしながら他愛のない話でたまに笑い声が響き、東京スカイスターズのフリーバッティングも終わりに近づく。
「よーし。ストレッチ終わり! ダッシュやるかー!」
デカイおケツの阿久津さんが目の前で立ち上がり、マットを畳みながら、パンパンと急かすように手を2回叩く。
それを見たチームメイト達がワラワラと立ち上がり始め、畳んだマットをトレーナーに渡し、マーカーの置かれたダッシュのスタート地点へ。
端から端まで20メートルくらい。
スタート地点から5メートルごとにマーカーが置かれていて、それ目安にウォーミングアップのダッシュを行う。
最初の5本は普通にダッシュをして、次の2本はビーチフラッグの要領でゴールとは反対向きにうつ伏せになって、合図があったら素早く立ち上がってダッシュ。
寝た状態から起き上がったり、動きを止めたり止めたところまた走り出したり。
トレーニングコーチ曰く、これが体を目覚めせるいいウォーミングアップになるんだと。
その後は両腕を上げ下げしながらスキップしたり。もも上げで走ったり、細かくステップしながらサッカーのドリブルのようにマーカーを跨いで走ったり。
普通にダッシュしたりするのに比べて結構疲れるんですよ。真面目にやれば最後はゼーハーゼーハーになるくらいに。
およそ10種類のダッシュが終わる頃には、確かに少し体が軽く、血が前進に巡るような感覚にもなる。
いよいよ相手チームのフリーバッティングが終わり、グラウンド出されていた2つのゲージが片付けられ、軽くベース周りのグラウンド整備も行われている。
「新井さん、ボール持ちました?」
「おお、あるよー」
「じゃ、先行ってます」
「ういー」
ダッシュが終わったら、ベンチに戻り、アップシューズからスパイクに履き替えてキャッチボールだ。
のプロ野球でスパイクといっても様々。
高校の時は、ローカットだの、ミドルカットだの、ハイカットだの、色は黒と決まっており、後はメーカーとくるぶしを隠すか隠さないかという選択をするくらいなのだが、やはりプロ野球になると別物だ。
特に全面人工芝の球場になると、野手は打撃用守備用でスパイクを履き替えるのが一般的。
打撃用は金属の歯がついた従来のスパイク。守備用はサッカーのスパイクほどではないが、人工芝の上でも滑りにくい硬いゴム製のポイントがついたもの。
これをみんな打席に立つ時に履き替え、守備に就く時にも履き替える。
俺にとっては、これは相当にめんどくさいことこの上なかった。
だって、2アウトになってネクストに行くときは打撃用のスパイクを履き、そのままチェンジになったら守備用に履き替えて、守備に就く。
そして次の攻撃になったら打撃用に履き替える。しかも当然先頭打者だからダッシュで戻ってきて急いで打撃用スパイクに履き替えるのだ。
これ、めっちゃめんどいと思わない?
ホームだったら、ただでさえレフトから1塁ベンチまでは遠いのに、早く準備して精神的にも整えて打席にはゆっくり入りたいのに。
スパイクの履き替えがあるせいで、なんでこんな急いでいるんだろうと、ふとある時考えてしまったのだ。
スパイク履き替えるのに、急ぎに急ぐあまり、集中して打席に入れないなんてそんなのダメじゃん?
それに5回が終わった時のインターバルとかならまだしも、フル出場したら1試合に4回5回と打席が回ってくるわけですよ。
その度にスパイクを履き替えてたら、かかとがなくなってしまうっての。
さらには試合中に着替えをするっていうのも、俺の中ではだいぶ抵抗があった。
よし!今日の試合も頑張るぞ!
という気持ちで袖を通したり、ベルトを締めたユニフォームを試合の途中で取り替えたりするなんて、なんだか罰当たりというか、縁起がよろしくないなあと考えてしまった。
1度引き締めた気持ちが緩んだりするような気がしてさ。
他の選手は、スライディングして汚れたり、間違って膝に少し穴をあけてしまったらすぐに取り替えているが、俺は最近そういうのも控えるようにした。
むしろ、試合が終わったらユニフォームが真っ黒になるまで頑張るというのが俺の信条であり、そうなった時は、ユニフォームがきれいのまま終わった時よりは、やっぱり成績がいい傾向にある。
ユニフォームも汚れなど気にすることなく、チームのために1プレー1プレーに全力を尽くして突っ走っていく。
そんな野球選手で居続けたいわね。
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