こ、これはっ………!!
「埼玉ブルーライトレオンズは1打サヨナラのピンチを迎えたところでピッチングコーチがマウンドに向かい、間を取ります。柴崎の打球があわやホームランになるところでした」
「ええ、柴崎はいいバッティングしましたね。ちょっと打球が上がりすぎた分という感じでしたが……。
ともかく次のバッターが新井ですのでねえ。1打サヨナラ。その1打を打つ確率が高いバッターに回るところですから。ベンチとバッテリーの意思の確認でしょうね。敬遠もあるかもしれませんよ」
相手キャッチャーがタイムをかけて、3塁側のベンチからピッチングコーチおじさんが現れ、相手チームの内野陣がマウンドに集合する。
一体何を話しているのだろうか。まさか、敬遠なんてことはないよね?
ここでサヨナラにすれば、文句なしでポニテちゃんに会いにいけるのだから。
敬遠されたら1塁に向かわずかな乱闘起こして退場になってやりますよ。
「さあ、埼玉の内野陣が各々のポジションに戻っていきます。………キャッチャーの金次郎も、座りましたね。新井との勝負を選択したのでしょうか」
「まだ分かりませんがキャッチャーが立って敬遠することはないでしょうね。しかしまあ、簡単にストライクを投げるとも思いませんが……」
相手の内野陣がマウンドに集まっている時から、俺は打席に入ってバットを構えたまま、相手チームを睨み付けていた。
まさか敬遠なんてしませんよね?
まさか俺相手に敬遠なんてしませんよね?
年俸320万の俺に敬遠なんてしませんよね!?
俺はそう心の中でそんな風に考えながら、一生懸命井戸端会議する相手チームを煽っていた。
だってそうでしょ?
今グラウンドに立っている埼玉ブルーライトレオンズの9人の選手の年俸総額はざっと今計算したら、12億2000万円ですよ。
で、俺の年俸は320万。
12億円VS320万円。
今そういう構図ですよ。
それで敬遠なんてあり得ますかね。
俺が1億2億もらってる選手ならまだしも、いまだに大人の階段を登れていない28歳ですよ。
ちんちんの皮が全剥けしていて、12億円もらってる選手達で守って、今の預金残高が30万ない俺を打席に迎えて敬遠しますかね。
しないでしょ。ファンが怒りますよ。
何を逃げとるんだと。何をルーキー相手にして、相談しながら敬遠しとるんだと、俺ならそう怒りますよ。
ここで敬遠しているようなチームがクライマックスシリーズで、東京スカイスターズや北海道フライヤーズのような相手に勝てるとは思えませんね。
そういう意味も含めて俺を歩かせるようなことは今の埼玉さんにはないはず。
睨み付けながら見ているに、向こうのピッチングコーチやバッテリーの顔付きや仕草からして、俺をどう攻めていくか、どう抑えていくかの確認をしている様子だった。
俺はそんな確信的なものを抱きながら、背後のキャッチャー座ったのを確認して、バットを構え続ける。
もちろん素直な攻め方などはしてこないだろうけど、こっちは甘い球がくれば1発で決めるつもりだ。
「バッターは……2番、レフト、新井」
1打サヨナラ。
こんな場面はだいたい初球。初球、ファーストストライクで勝負は決するものだ。1、2球様子を見て……なんて場面ではない。
1撃で決めるなら、多少厳しいコースを突かれたとしても手を出していかなければならない。
相手にとってはまだ2つも塁が空いていると考えることが出来る。2番俺、3番阿久津さん、4番赤ちゃん。
この3人から1つのアウトを取れればこの回を凌いで延長戦に持ち込むことが出来る。
しかし、それはさせない。俺は俺が決める。
そうしなければ、ポニテちゃんの放漫な谷間に飛び込むことは叶わないのだから。
「サインの交換が終わりました。ピッチャー、セットポジションから、新井にたいして第1球を………投げました」
結論、打ったボールはくそボール。ベース板手前でワンバウンドするような明らか過ぎるボール球だった。
恐らくはフォークかチェンジアップ系統の落ちる球。しっかりとボールを見極めようという気持ちがあれば、投げた瞬間にすぐにボール球と分かる球。
こちらの打つ気もなくなるようなボール球。普通にしていれば振ることはないボール球。
しかし、今の俺は普通じゃなかった。
サヨナラしてやる! 俺が1振りで決めてやる。何が何でも、目を血走らせて目指すはポニテちゃんの健康的な張りのある放漫な膨らみ。
そこに飛び込むためならば、どんな壁も高くなど感じない。
そんな考えしか頭になかった。
気付いた時には、そのワンバウンドのボールを振ってしまっていた。迷いなく振ってしまっていた。
しかし、それが逆によかったのかもしれない。
地面で弾んだボールにたいして、まさにゴルフスイング。ゴルフは全くしたことがないけど、スコーンと打ち返す素晴らしいナイスショット。
地面スレスレを通ったバットの先っぽに引っ掛かるようにして、ボールをカツンと打ち上げた。
妙な手応えがあったそのボールは相手の三塁手の頭の上にぽーんと上がる。
少し陽が落ち始めているビクトリーズスタジアムのきらびやかなLED照明に照らされて、俺の打球が3塁線上に面白く上がったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます