ヘッドコーチもおちょくる新井さん
フェンス際、ジャンプしてみたらドンピシャなタイミングでボールの方からグラブの中へと入ってきてくれた感じ。
どーせ落としたところでファウルボールだったし、変な感じフェンスにぶつかればそのまま負傷したことにしてもう待機しているだろうタクシーに乗り込むつもりだったのに。
思ったよりもボールが切れずに真っ直ぐ落ちてきていて、ジャンプしてみたらちょうどフェンスギリギリに出したグラブに収まっていた。
マウンド上では碧山君がグラブをバシバシと叩いて大喜び。
カンッ!!
ふうと一息着く間もなく、また俺の方へ打球が飛んできている。
詰まった辺りのショート後方へのフライ。
俺はスタートよく前方へダッシュ。
低い姿勢で人工芝を蹴り、打球に近づいていく。こうなった俺のところにきた打球は全部捕ってやる。
同じく打球を追って下がってきた赤ちゃんを声でどかしてダイビングキャッチを試みた俺の心境はそんな勢い。
ズサーッ! っと滑り込む動作の中で、確かにグラブに入ったボールを離さず、滑り込み終わりで立ち上がった俺は、時間短縮のため、そのままピッチャーの碧山君にボールを投げ返した。
およそ40メートル先の碧山君の胸元へドンピシャ送球。無駄なドンピシャ送球だ。
「9回ウラ、北関東ビクトリーズの攻撃は……8番、セカンド、守谷」
碧山君の根性、熱投。俺による2つのファインプレーも効いて、9回1失点のピッチングで碧山君はお役後免。
スコアは1ー1のまま、遂に試合は9回ウラへ突入した。
この回で決めたい。ここまでシーズン最速ペースできたとはいえ、この回でサヨナラにしないと、ポニテちゃんのところに間に合わない。延長戦なんかをダラダラとやっている場合ではない。
ベンチで前傾姿勢になって座る俺の足が震える。誰か1発で決めてくれ。サヨナラホームランを打ってくれ。
今までこの時以上にそう思ったことはなかった。
打席には8番の守谷ちゃんの今シーズンのホームラン数は2本だけだが、無くはない。
野球ゲームみたいに、ボールを投げた相手ピッチャーの頭にビックリマークが出て、ど真ん中にきたボールを守谷ちゃんがかち上げる。
そんな奇跡の一撃を期待していたが、結果はピッチャーゴロ。まるで正面にバントしたみたいなボテボテのピッチャーゴロ。ファインプレーした直後だったが、ガッカリパターン。
投げ終わったピッチャーにゆっくりとボールを拾われて、ゆっくりと送球されてゆっくりとアウトになった。
守谷ちゃんが天を仰ぎながら、力なく1塁ベースを駆け抜けた。
「北関東ビクトリーズ、選手の交代をお知らせします。9番、碧山に代わりまして、川田。ピンチヒッター、川田」
さすがに碧山君にはピンチヒッターが出され、うちのチームの代打の切り札。川田ちゃんがネクストから左打席に向かう。
今シーズンは代打での出番が多く、打席自体は少ないが4本のホームランを放っている。
無くはない。
カアンッ!!
乾いた打球音が響いて、川田ちゃんの打球が上空に舞い上がる。
しかし、打ったのは外角低めいっぱいの変化球。それを左中間に打ち返したが、スタンドには到底及ばない打球。
悪い当たりではなかったが、左中間のちょうど真ん中でセンターが走りながら腕を伸ばしてこの打球をキャッチ。
2アウトになってしまった。
打順はトップに返って柴ちゃん。
俺もネクストに向かなくては。
バットを持って、ヘルメットをかぶった俺は、突然に、何かしなければいけない気持ちに駆られ、今日俺を叱ったヘッドコーチの周りをぐるぐる回ることにした。
監督の横で、腕組みをして立つヘッドコーチの周りをぐるぐる。
ぐるぐる、ぐるぐる。ひたすらヘッドコーチの目の前をぐるぐるぐるぐる。
「なにやってんだ、てめえ! 邪魔だ!!」
おケツを蹴られた勢いを生かしてグラウンドに向かった俺の視界に、柴ちゃんがライトへかち上げた打球が飛び込んできた。
「柴崎の打球がライトへ上がった!!大きな当たりになりました!ポール際、打球が伸びていくー!!どうだ!?………フェンス、フェンスダイレクトだ!」
向こうの空が少しオレンジ色に染まり始めた上空を柴ちゃんの打球が高く舞い、それを追い掛けたライトの選手が見上げた。
きた………サヨナラホームラン……。
そう頭をよぎった瞬間。打球は惜しくもフェンス上部の金網。フェンスとスタンドの境界線になっている黄色いラバーのわずか下に当たってグラウンドに戻ってきた。
本当にあと1メートル2メートルでスタンドインだった。
その跳ね返ったボールをダイレクトで掴み、ライトの選手が強い肩を生かして2塁ベース上へ鋭い返球。それをショートの選手が掴み高速タッチ。
「セーフ!!」
少々際どいタイミングになったが、柴ちゃんも1塁ベースを蹴ってからスピードを緩めることなく、猛スピードでベースに足から滑り込み、ツーベースヒットになった。
ビクトリーズファンからはツーベースの歓声というよりは、あと少しでサヨナラホームランだったのに!
という残念がるため息とざわめきの方が大きかった。
そして、俺のアナウンスの前に相手ベンチから出てきたピッチングコーチがマウンドへ向かう。
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