絶対に学園祭に行きたい新井さん 5

「ストライーク!!」


鶴石さんの構えたミットにドンピシャ。バッターも初球には手が出せないくらいの低く遠いコースに白球が収まり、球審が右手を上げた。



碧山君らしい、ゆったりとした投球フォームで体全体をしっかりと使いながらしなやかに左腕を振る。


150キロの豪速球が投げられるわけではないが、コーナーを突く伸びのあるストレートは1軍で十分に通用するレベルだ。



2球目もセットポジション。緩いスローカーブが真ん中低めのコースにいく。


バッターが少しタイミングを外され、泳ぐ格好になりながらも、バットを振り抜き、いい当たりの打球が右中間へ。



しかしこれをライトの桃ちゃんが鮮やかにランニングキャッチ。スタンドから拍手が起きた。



いい当たりをされながらも、まずは1アウト。



続く2番打者にはスローカーブ2つを見せた後に、インコースのストレート。球速は136キロだがバットをへし折り、打球はファースト正面のゴロで2アウト。


3番の右打者には、ストレートとチェンジアップの組み合わせで1ボール2ストライクとして、最後もストレート。


低めのボールに合わせられてセンターにライナーが飛ぶも柴ちゃんのど正面で3アウトチェンジ。


わずか10球で初回を3者凡退に抑えた。








マウンドを下りてベンチに戻る碧山君。そこにマスクを外しながらの鶴石さんが話しかけに行って互いに何かを確認している。恐らくは変化球のコントロールや使いどころの再確認だろうか。



あわやという打球を打たれてしまったからね。しかしそれでも、ストライク先行でいきながらの打たせて取るテンポのいいピッチング。


ベンチまで行くと、出迎えた控えの選手達がナイスピッチ、ナイスピッチと碧山君を褒めている。


俺もグラブを外して中の守備用革手のマジックテープをビリビリ剥がしながら、碧山君に声を掛ける。


「いいね、碧山君。ナイステンポだ。その調子で頼みますよ」


「いやー、いい当たりされまくりですけどね」


大丈夫、大丈夫。あのくらいの低さかちゃんとコースに投げてれば正面に飛んでくれるから。これからもそのくらいの省エネでたのんますよ」


「うぃっす」



碧山君は帽子を外して、タオルで額を拭いながら笑顔をそう答えた。


となればこちらの攻撃もテンポよくいかないとね。



ヘルメットを被ってバットを持った俺はグリップをにぎにきしながらグラウンドに踏み出す。


ネクストのサークルでは柴ちゃんが相手の先発投手の投球練習に合わせてタイミングを取りながら素振りをしている。








「よー、柴ちゃん。初回から2人で積極的にガンガン行こうぜ!」


滑り止めスプレーをグリップに吹きかけながら、俺も相手ピッチャーにタイミングを合わせながらバットを振る。


「積極的にですか?いつもは1番バッターらしく、しっかり球を選んでいけと言っているのに」


何か企んでいる感が滲み出てしまったのか、柴ちゃんはそんなことを言い出し、苦笑いしながら首をかしげる。


「そうよ。先発の碧山君がテンポいいピッチングだったから、相手ピッチャーも意識してどんどんストライクに投げ込んでくるはずだからね。それをガシガシ捉えていくって戦法よ」


俺はありもしない適当な理由を付ける。


しかし、柴ちゃんらしいあまり深くは考えない特有のノリには十分だったようで、彼はやる気満々に鋭くその場で2回スイングをして打席に向かう。


「よっしゃ、今日は打ちまくって2人でお立ち台上がりましょうね。まだ新井さんヒーローインタビューしていないんですから」


「おう! 頼むぜ。俺のヒーローインタビュー童貞を捨てさせてくれ!」




まあ、どんなに活躍しようがお立ち台に上がるつもりなんてありませんからね。



今日はゲームセットになった瞬間、真顔で帰りますよ。




例えサヨナラホームランを打っても、全速力でダイヤモンドを1周したら一切喜んだりせずにそのまま帰りますからね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る