絶対に学園祭に行きたい新井さん 4
「いいか、新井。お前もうただのルーキー選手じゃねえんだ。お前の1プレー、1プレーをファンや他のチームメイト達が全部見てるんだよ。それを自覚して行動しなきゃいけないんだ。分かるか?
成績がいいからって、練習サボったりなんかしたら、すぐ自分に返ってくるからな。そうなってから一生懸命練習したって遅いんだ。何事も常に全力で取り組まないかん!どんな時でも自分を甘やかすな!」
ヘッドコーチはそんな風に、ネチネチネチネチと俺を正座させたまま説教をする。早くしないとうちのバッティング練習が終わってしまうというのに。
「…………ニコニコ。………ニコニコ」
ヘッドコーチの後ろを広報の宮森ちゃんが怒られている俺を見ながら、からかうようにニヤニヤしている。
腹立つ。いつもご飯ごちそうしてあげてるのに。広報らしく、ヘッドコーチ!取材が来ていますと、俺を助けてくれてもいいじゃない。
「炭井ヘッドコーチ」
「なんだ、宮森」
「後ろの通路に記者いらっしゃってます。取材の約束があるとか……」
「おお、もうそんな時間か。………分かったか、新井。真面目な態度で練習に取り組めよ」
ヘッドコーチはそう言い残してドカドカと歩いてベンチ裏へと消えていきました。
めでたし、めでたし。
「新井さーん。私に助けられちゃいましたねえ」
ヘッドコーチがベンチ裏に行って姿が見えなくなると、宮森ちゃんがまたニヤニヤとした表情になる。
正座する俺の両肩に背後から両手を乗せて、体重をかけるように軽く乗っかってじゃれついてくる。
「ねえねえ、新井さん。チーズドームハンバーグって知ってます? 宇都宮の西口にある洋食さんなんですけど。最近、すごい人気のお店らしいんですよー!」
「いきなり食い物の話かよ。またごちそうしてくれってそういうこと?」
「あら。そんなことは全然言ってませんけど」
宮森ちゃんはそう言ったが、恩を売った直後のいかにもなタイミングでメシの話をしやがって。この子もなかなかのワルなのかもしれない。
しかし、チーズドームハンバーグだと?なんてこってりと美味そうな名前なんだ。
「そういえば今日、さやかちゃんの大学が学園祭なんですよね。私達は残念ながら行けませんけど」
「おいおい、宮森ちゃん。学園祭行くの諦めてんの?」
「だって、午後5時までなんですよね。試合が4時に終わっても、そのあとミーティングも片付けのありますし、絶対に無理じゃないですか」
「ふふふっ。俺は諦めていないのさ。まあ、今日の試合に注目していなさいな」
「はい?」
「東日本プロ野球チャンネルをご覧の皆さんこんにちは。本日は、栃木は宇都宮。ビクトリーズスタジアムから、北関東ビクトリーズ対埼玉ブルーライトレオンズの試合をお送りします。解説はお馴染み、東北、京都などで活躍されました大谷さんです。よろしくお願いします」
「はーい。よろしくお願いしまーす」
「今シーズンも残りわずかとなりまして、両チームの順位を確認しますと………。まずはホームのビクトリーズは5位横浜に17ゲーム差の最下位となっています」
「一時期はね、100敗してしまうんじゃないかと思いましたけどねえ。先週のスカイスターズとフライヤーズの6連戦で5勝1分ですか。びっくりしましたよねえ」
「ええ。そのビクトリーズが上位チームをかき回しましたから、優勝争いも、クライマックスシリーズ争いも最後まで分からなくなりました。今日、対戦する埼玉ブルーライトレオンズは3位ですが、4位東北レッドイーグルスとのゲーム差が僅かに1。残り8試合です」
「正直ビクトリーズの方は最下位が決まってしまって消化試合ですが、お客さんがたくさん入ってくれていますからねえ」
「そうですね。そんな試合の先発を任されたのはドラフト2位ルーキーの碧山です。今シーズン22試合目の登板。現在ここまで6勝。防御率は4.55という成績が残っています」
「その碧山がボールを受け取りましてまっさらなマウンドの上に上がりました。大谷さん、この碧山の特徴はどういったところでしょうか」
「まあまずこのピッチャーは得意にしている2種類のカーブが持ち味ですよね。縦に鋭く落ちるカーブとブレーキの効いた落差のあるスローカーブですよえ。この2種類のカーブにチェンジアップ。
どちらかといえば技巧派なタイプで、バッターのタイミングを外して打ち取っていくピッチングスタイルが特徴ですねえ。大学生ルーキーですが、ここまで負けが大きく先行しているとはいえ、ローテーションを守っていますからね。頑張っていますよ」
「なるほど。その碧山の投球練習が終わりまして試合が始まります。埼玉ブルーライトレオンズの1番打者、春山が左打席に入りました」
キャッチャーの鶴石さんが2塁へ送球練習したボールを内野手達がテンポよく回して碧山君の元に戻ってくる。
それを受け取った碧山君はマウンドの後ろ辺りで1回2回と屈伸動作。
そしてロージンに左手を当てて、左足でプレートを踏み、鶴石さんのサインを確認して頷く。
主審のプレイがかかると、碧山君はゆっくり一つ呼吸を挟んで、セットポジションからボールを投げた。
左バッターのアウトコース低めに真っ直ぐが決まる。
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