絶対に学園祭に行きたい新井さん 3

そしてその後、俺は満を持して監督室へ向かった。


他の部屋とは違う、ちょっとだけ厳かな木製の扉をコンコンとノックする。


「おう、入れ!」


部屋の中から、萩山監督の声がした。


俺は失礼しまーすと、そろーりと部屋に入り、許可なく中央に置かれたソファーにどかっと座る。


そして当たり前のように、遠慮なくテーブル上に置かれたお菓子に手を伸ばす。


球団の親会社であるビクトリアカンパニーの看板商品である、ビクトリアガレット。


堅めに焼き上げたほんのり甘いワッフルの形をしたクッキー。香ばしいバターの風味とザクザク食感がたまらない。


俺はそのビクトリアガレットの包みを破りながら、さらに調子に乗り、苦手なコーヒーも勝手に頂くことにした。



「なんだ、新井。おやつしに来たのか?」


部屋の奥にあるデスクから立ち上がり、俺の様子を伺いながら、萩山監督もテーブルを挟んで向かい側のソファーに腰を下ろし、彼もガレットのビニール製の包みに手を伸ばす。


俺は監督の分のコーヒーも淹れてまたソファーに腰を下ろした。



「監督。実は今日大切なご相談がありましてね」


「なんだ、移籍は認めんぞ」



そうじゃねえよ。一応この球団に忠誠を誓ってるっての。





今のところではあるがな。






「実は今日、とある大学の学園祭がありまして……」


俺は恐る恐るそう切り出す。ガレットをバリバリ食べる萩山監督の顔色を伺いながら。



「ふーん。どこの大学?」



「宇都宮駅の向こう側にある……。高速道路のICがある……」


「ああ、あそこね。それがなんだよ。お前に何の関係が?」



「実はそこにかげかえのない(おっぱいを携える)女の子がいまして。今年4年生なので最後の学園祭を見に行ってあげたいなと」


「へー。お前にもそんな女の子がいたんだなあ。……まあ、ダメだけど」


監督はあっさり言い放った。



「え!?」



「ダメに決まってんだよ。一応お前もプロ野球選手なんだから、試合が優先だろうが」


俺はそう言われてなんだか話し合いでは埒が開かない気がしたので、寝っころがっていたソファーから降りて、絨毯の上で土下座した。



「お願いします!こんな俺にわざわざ招待状をくれるような心の優しい子でして、もう春には卒業ですからこれが(学園祭のテンションでなんやかんやあってハプニング的に揉んだり吸ったり出来るかもしれない)最後のチャンスなんです。


試合は死ぬ気で頑張りますから、試合後のミーティングとかその辺りをなしにしてもらえばと………萩山監督さまぁー!!」









俺の貞操がかかった必死のお願いに、萩山監督は嫌気が差したようにして、大きなため息を吐いた。


そして、何かを諦めたような目を俺に向けながら、持っていたコーヒーカップをテーブルに置いた。



「しょうがねえな。じゃあ、試合に勝ったらすぐに帰っていいよ。俺が許可してやる」


「ほ、本当ですか!?その時になって、やっぱりなしとか、他のコーチづてに帰るのを止めさせるとかはなしですよ?」



「ああ、監督に二言はないさ。そのかわり、お前自身が試合を決めるような1打を打てたらの話だ。


いつもみたいにちょこっとヒット打つだけじゃダメだからな。お前の打撃でしっかりとチームを勝たせるんだ。あと、エラーとか暴走とかしてチームに迷惑を掛けないこと、それでいてお前自身がヒーローになるんだ。そうすれば学園祭でもどこでも行って構わん」



「分かりました! お任せ下さい!!」


俺は残りのコーヒーを飲み干し、そう力強く返事をしながら、がばぁっ勢いよくソファーから立ち上がる。



そして、ここぞとばかりにテーブルに残っていたガレットを数枚握りしめて、逃げるように監督室を後にした。







「全く。バカな奴だな、新井は。しかし、社会人野球時代に金がなくて、ホームランボールを婚約指輪代わりにした俺よりはましか……」









その後。








「新井選手、新井選手。いらっしゃいましたら、即急に1塁側ベンチへとお越し下さい。炭井ヘッドコーチがご立腹の状態でお待ちになっています」


ふっふっふっと、笑みを浮かべて監督室からグラウンドに戻ろうとした俺の耳に、そんな場内アナウンスが響き渡った。


まずい。怒られる。


なんとかしなきゃと考えた俺は、お腹にフェイスタオルをたくさん詰めて、オナカスイタ!ウドン、クウ! そんな言葉を連呼して、ロンパオの物まねをしながらベンチに戻ったのだが………。



「コラァ、新井ー! 今まで練習サボってなにしてんだてめえ!! こっちこいゴラァ!!」


ベンチに1歩踏み入った瞬間、ヘッドコーチの怒号がグラウンドまで響いた。近くにいた選手やスタッフ、報道陣までもがぎょっとした表情でベンチを振り返る。


これはマジのやつだ。マジのご立腹だと観念した俺はお腹に詰めたタオルを取り出す。


そして、腕組みして仁王立ちするヘッドコーチの前で正座をした。



「………」


「………」


硬いゴム製の地面の上で正座をする俺をサングラスをしてグラウンドコートを羽織ったコーチが鬼の形相で見下ろす。現役時代さながらの大柄な体から発せられるどす黒い怒りのオーラ。


俺の野球人生もどうやらここまでだったようです。

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