絶対に学園祭に行きたい新井さん 2

別に普段から贔屓にしていたり、ドライバーさんのことを知っているわけではないけれど、地元の人にそんな風に言われたてしまったら、野球選手として燃えないはずがない。


俄然やる気になった俺だが、よくよく考え見るとバカスカ打ちまくって試合に勝つみたいな展開は今日に限ってはよろしくない。


何故なら、それでは試合時間がかさんでしまってポニテちゃんに会いに行けないのだから。


勝つにしても負けるにしても、短い試合時間で終わってくれるのが嬉しい。そうなると、打つよりも、打たないでどんどんアウトが積み重なっていく方が当然試合時間は短くなる。


理想は9回まで相手に1本のヒットも1人のランナーも許すことなく試合を進め、どっかでうちが誰かのホームランで1点を取って9回表をしっかり抑えて勝利。


こういう展開が理想的。なんだかダラダラしていて、他のスポーツに比べて無駄に時間がかかると言われるプロ野球だが、両チームの先発投手のテンポが良ければ2時間かからず試合が終わることもある。


そうなると先発ピッチャーの出来が非常に大事。ストライク先行でどんどんバッターに打ってもらいながらも、しっかりアウトにしていくテンポのいいピッチングを期待したい。



そんなわけで俺は、自分の練習を放り出してブルペンに向かうことにした。





今は試合開始の3時間ほど前だ。


ベンチ裏の長い廊下をずーっと進んで、1塁側のブルペンに向かう。そこでは何人かの選手やブルペンキャッチャーのおじさん達の会話が聞こえる。



おはよーございまーす! と挨拶しながら俺は野手の癖にずかずかと入っていく。



するとちょうどそこでは、サブグラウンドでのアップを終えた、今日の先発ピッチャーがブルペンの真ん中にグリーンのシートを広げてストレッチをしていた。


「やー、碧山君。元気?」


「おー、新井さん。お疲れっす」


今年ドラフト2位で入団した大卒左腕。年齢は俺より5つ下だが同期入団の関係だ。ルーキーながら、しっかりとローテーションを守りながらところどころで勝ち星を挙げているピッチャーだ。


182センチ80キロ。スラッとした長身と端正な顔立ち。地元の衣料品店のチラシに出てきそうなレベルのイケメンだ。まあ、俺にはちょっと敵わないかもしれないけどね。


そんな彼は突然現れた俺の姿に少し驚きながら、寝転がった体勢から少し体を起こした。


「どうしたんです? 野手はそろそろバッティング練習始まる時間じゃないっすか?」


「いやあ、そんな練習よりも大切なことを伝えに参りましてね………。これを見よ!!」


俺はそう言いながら、さっき印刷したA4サイズの用紙とはまた別のものを1枚取り出し、碧山君に見せ付ける。








「新井さん、これは………」


碧山君はグリーンシートの上で胡座をかくようにしながら、俺が渡した用紙に視線を落とす。


そこにあるのはもちろん今日の先発である碧山君のデータ。


ランナーがいる時といない時の防御率、被安打率、被本塁打、与四死球が明記されていた。


「それを見てもらうとすぐに分かる通り、碧山君はランナーがいない時より、ランナーがいる時の方の方がどの数値も良好なんだ。この意味が君には分かるかね?」



「えっと……。もしかして、セットポジションの時の方が打たれてないってことですよね」



「そゆこと。特に注目して欲しいのは被安打率と与四死球。ランナーいない時の被安打率は.301。与えた四死球も、6人に1人与えている計算になる。これではさすがにきついよね。正直カスピッチャーだよ、こんなんじゃ。


しかし、ランナーがいる時の碧山君の成績は……。おおっ、被打率.233。フォアボールもだいたい半分以下これならイケるね!」



俺は途中スカしながら、時に誉め称えたりしながら。


俺は試合時間短縮を目指して、そをな調子での説得に試みた結果、碧山君が……。



「分かりました! 今日は俺、全部セットポジションで投げてみようと思います!」




ふっ、ちょろいぜ。

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