絶対に学園祭に行きたい新井さん

「さやかちゃん。学園祭って何時から何時まで?」



「えっと………。一般開放は午前10時から午後5時までですけど」


午後10時から午後5時。



くそう。まるで計ったように、ちょうど球場入りして試合が終わるような時間じゃないか。


無理だ。雨で試合が中止にでもならない限りドッキドキポニテちゃん学園祭に行けない……。



「新井さんは………来れますか?」


そんな状況を彼女も知ってか、おっぱいを寄せるようにして少しテーブルに乗り出す彼女が不安げに俺を見つめる。


ポニテちゃんは大学4年生。あさってを逃したらもう彼女の学園祭に行くことは出来ない。



「行ける!! 行けるさ! 試合が終わったらすぐに駆けつけるから待っていてくれたまえ!」



俺はもう半ば投げやりにそう答えた。



「本当ですか!?」



「ああ、あたぼうよ。男に二言はないっての」



ポニテちゃんの喜ぶ顔が見たくて、俺はそう言ってしまったのだが、誕生日プレゼントをもらってホクホク状態のギャル美が俺を小突く。


「ちょっと。そんな約束して大丈夫なの? 相当早く試合が終わらないと間に合わないってか。着替えとか移動を考えたら絶対無理じゃない。試合が終わったからって、すぐに帰れるわけじゃないんだし」



「心配は無用さ。俺に考えがある」








というわけで日曜日。


午前10時。ちょうどポニテ大学の学園祭が始まったくらい時間に、俺はビクトリーズスタジアムに到着。デイゲームという中ではいつも通りの時間で球場入りをした。



今日の試合開始は午後1時半。学園祭の終了時刻は午後5時。


スタジアムからポニテ大学までタクシーで20分くらい。最低でも午後4時過ぎにはスタジアムを出発しないと、学園祭にはお邪魔出来ない。


そうなると、試合時間も3時間を余裕で切ってくれるようなくらいスピーディーな試合展開になってくれないと困る。


午後1時半に試合が始まって、3時過ぎには試合終了。午後4時にはタクシーに乗ってスタジアムを出て、午後4時半にポニテ大学に到着して、ダッシュでポニテちゃんの元に駆けつけて、彼女の胸に顔を埋める。


それが俺が求めているシナリオ。今日の果たすべきミッションというわけだ。


というわけで俺は、クラブハウスで着替えを済ませまして、ちょうど誰もいないスタジアムの事務所に行って、宮森ちゃんのデスクに向かい、パソコンの電源を入れる。



パソコンが起動する間、チェアに掛けられていた宮森ちゃんブランケットの匂いをいっぱいに吸い込んだ。





もちろんそんな変態行為が目的なわけではない。







こっそり入手したパスワードでロックされていた宮森ちゃんのパソコンを開く。デスクトップの画面は何故だかアチアチそうな鉄板に乗せられたジューシーなステーキの画像。



それを見て多少食欲を刺激されながら、ワードを起動。そこにさっそく文字を打ち込んでいく。



今日の試合は、スピーディーな試合を目指しましょう。全選手、駆け足での攻守交代をよろしくお願いします。 日本プロ野球協会。




と、文書を作り、すぐ側にあるコピー機に向かって信号を飛ばし、その文書を何十枚も印刷する。


そしてしっかりとデータを消し、証拠隠滅して、パソコンをシャットダウンしながら、もう1回だけブランケットの匂いを胸いっぱいに吸い込む。


まるで宮森ちゃんを抱きしめているような気分だ。












とかそんなことをしている場合じゃなくて!



俺は印刷したビラの束とセロハンテープを持って事務所から出る。


そして、両チームの選手の目に付くところ。


通路やトイレ、ウォーミングアップルーム。もちろんベンチの中、ブルペンにある試合経過を見るモニターのラックの縁までも。


とにかく全員に認識してもらえるようにそこら中に、攻守交代駆け足せよ! のビラを貼りまくった。



そして次はスマホを取り出して、近所のタクシー会社に連絡する。








必要な手筈はそれだけではない。試合が終わった後にもスピーディーな行動が今日は求められる。




「どーもー! お世話になってます。ビクトリーズの希望の星というものですけども…………。ええ、そうです。1年目の新井です。……ちょっと今日はご相談がありましてですね………」



最寄りのタクシー会社に連絡して、事情を説明する。


試合が終わった直後にタクシー移動してポニテ大学の学園祭に行かなくてはいけないからと。もう秒で乗り込まなくては間に合わないかもしれないからと。


俺には一刻の猶予もない。


試合が終わってからタクシーを呼んでいては学園祭に間に合わない。


試合が終わるのが何時何分くらいになるか分からないけど、だいたい8回裏が終わった頃に、1塁側スタンドの関係者出入口前で、いつでも走り出せるようにスタンバっていて欲しい。



警備員のおじさんには話をしておくから、ゲートを通って、タクシーをスタジアムに横付けしておいて欲しい。


試合が終わった瞬間に、俺がダッシュでやって来てタクシーに乗り込むからと。



そんな俺の身勝手な要求に、電話の向こうにいるタクシー会社の営業所のおじさんは快く引き受けてくれた。


1番腕のいいドライバーを向かわせますから、安心して試合に臨んで、新井さんの活躍でビクトリーズを勝たせて下さいと、そんなことまで言われてしまった。

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