絶対に学園祭に行きたい新井さん 6
「1回裏、北関東ビクトリーズの攻撃は………1番、センター、柴崎」
艶々しいアナウンスボイスでコールされた柴ちゃんが左打席に入ると、僅かばかりの拍手と歓声がグラウンドに響く。
「レッツゴー、レッツゴー、しばさき! レッツゴー、レッツゴー、しばさき!! レッツゴー、レッツゴー、しばさき!!」
ドンドンドン!
ライトスタンドの真ん中で真っピンクの大きなフラッグが揺れて、太鼓とトランペットの音が響き渡る。
そんな応援団の周りで立ち上がった観客達の拍手と歓声がリズミカルにマッチして柴ちゃんの応援歌が演奏され始める。
打席に入った柴ちゃんは、足場をならしながらヘルメットに手を置き、ミートポイントを確認するようにバットを振り出す素振りを見せる。ピッチャーに近い方の足のユニフォームを引っ張った後にバットを構えて前を見る。
振りかぶった相手の右ピッチャーがダイナミックなフォームで、ビシュッとアウトコースにストレート。それを柴ちゃんが迷いのないスイングで流し打ち。
カアンッ! と音が響いて、鋭い打球が飛んだが、サードが3塁線に伸ばしたグラブに収まった。
最速アウト。初球を打って内野手が捕れる場所に鋭いライナーアウト。
オッケー、オッケー。柴ちゃん。君はヒットを打つよりもいい仕事をしたよ。
「くっそー、正面かー」
打った瞬間、1塁に走り出そうとしながら、捕球されたのを見て天を扇いだ柴ちゃん。
歯を食いしばるようにしながら、バットを握ったままベンチへと引き返し、俺とすれ違う。
今日のミッションは2時間代で試合を終わらせ、一刻も早くポニテ大学に向かうこと。
俺は素振りをすることも、打席の横で屈伸することも、キャッチャーと主審に挨拶することもしない。
ダッシュでホームベース横まで走る。
いつものルーティーンをすっ飛ばして、バッターボックスに入るとすぐにバットを構えた。
俺も初球を打っていきたい。
しかし今は、初回先頭打者の柴ちゃんが初球を打ってアウトになっているからな。
俺も初球を打ってポップフライを上げようものなら……。何でお前も初球を簡単に打っとるんじゃい!野球分かってんねか、バカタレ!!
と、怒られ危険度が高い状態だ。
だから少しでも怒られ確率を下げるように、俺もなるべく捉えた打球を飛ばす必要がある。
いつもより高い集中力を見せる俺。
初球の低めのボール。一世一代、渾身のスイングから放たれた打球は低い弾道でセカンドの正面へ。
そのまま地面スレスレのちょっと難しくなったライナーをセカンドが上手くキャッチした。
ナイス。
1番柴ちゃん。2番俺が共に初球を打ってアウトになってしまったため、3番の阿久津さんにバッティングしづらい状況になってしまったのは申し訳なかった。
しかし、そこはキャプテン。そこはベテラン。多少甘いボールを見逃しながは、打ちたい気持ちを押さえて、なるべく球数を投げさせるような打席にして、7球目を打ち、センターフライで3アウトチェンジ。
僅かプレーボールから12分で、両チームの初回の攻撃が終わった。
なかなかいいペースだ。
そしてチェンジになってからの攻守交代も大事。いつもは守備位置までテレテレ走っていても全然怒られないが、今日の俺は違う。
全力ダッシュで攻守交代と、ビラもベンチに張り巡らしたし。
阿久津さんの打球をセンターが掴んだ瞬間、俺はベンチから立ち上がり、チームメイトの方を向く。
「おい、お前ら!! 今日はキビキビとしたスピーディーなゲームを目指すぞ! 高校時代を思い出して、守備位置まで全速で走れ!!うおおおおおっ!!!」
そう叫んでグラウンドに飛び出した俺の背中を見るチームメイト達の視線は、それはそれは痛いものだった。
何か今日のこいつやべえなあ、みたいな。ちょっと引いちゃっている雰囲気すら出ているが、そんなことは気にしていられない。
今日の俺はポニテちゃんに会えさえすればそれでいいのだから。
試合は俺の狙っていた通り、その後もテンポよく順調に進んだ。
うちの先発碧山君は普段とは違うセットポジションからの投球が今日はしっくりきているのか、低めへのコントロールがよく変わらずストライク先行のピッチング。
今日は3位死守へ負けられない強力埼玉打線の打ち気を上手く逸らす緩急を生かした投球術で4回まで無失点。
それにお付き合いするようにうちの貧打線も快音がなかなか響かず、4回を終わって柴ちゃんのライト前ヒット1本に抑えられていた。
「これは打ち上げた! レフトへの高いフライ。………左からの風に少し流された打球を………左中間で新井が掴みました、3アウトチェンジです! ランナーを2塁に背負いましたが、碧山はこの回もナイスピッチングが続きます。0ー0! 5回裏ビクトリーズの攻撃です」
碧山は5回も投げ終わっていまだ無失点。しかも球数も65球とナイステンポ。ナイス省エネピッチング。
ルーキーのそんなナイスピッチングを援護する1発。
ハナタカなイタリア人の豪快なスイングから放たれた打球がライトポール際へ飛び込む14号ソロ。
5回裏先頭のシェパードのバットからついに先制点が生まれた。こういう場面で思い切りバットを振り抜ける、助っ人マンらしいバッティングにスタジアムが一気に盛り上がった。
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