コリジョンルールと新井さん

「フルカウント。ピッチャー、セットポジション。長めの間合いから………足を上げて、ランナースタート。………阿久津が打ちました! 少し詰まった当たりですが面白いところに飛んだか、右中間! センター、ライトが前進、前進!



その間に……落ちました、右中間の真ん中! 新井は、2塁を蹴って3塁へ向かっている! 打球を……センター、ライトがちょっとお見合い………高く弾んだ打球、ようやく佐藤が掴む!!新井はその隙を見て、3塁を蹴った! 一気に3塁を蹴った!ホームに向かっている!!


センター佐藤、中継のセカンドからバックホーム!! 低いボールが返ってきた!! ランナー新井が滑り込む! キャッチャーがブロックしてタッチする!………アウトだー!!」



「いやあ、このブロックは微妙ですねえ! これはちょっと引っ掛かりますね」



3塁まで行っても、コーチおじさんはさらに強く腕をぐるぐると回す。その指示に従ってホームに突入したわけだが、足から回り込むようにスライディングしたわけだが、キャッチャーに思いっきりベースをブロックされた。



これ以上なく。今までの人生で1番ガッチリブロックされてホームベースに触れることができなかった。




でもプレーが終わり、立ち上がろうとした時に、俺の頭に今年からの新ルールのことが頭をよぎった。







「ちょっと、ちょっと、ちょっと! コリジョンでしょ、今の!!完全にブロックしてたよ、キャッチャーが! 」


タッチアウトになってホームベースの後ろでとりあえずおケツの土をはたき落としていると、3塁ベースコーチおじさんが噛みつくような勢いで球審の元へダッシュでやってきた。


キャッチャーがブロックしたじゃないかと、明らかに走路を塞いでいただろうと。


今シーズンから導入されたコリジョンルールに反しているというまさにその訴えだ。


ホームベース上では、キャッチャーが必ずランナーの走路を空けておかなくてはならず、ランナーもキャッチャー及びホームベースに入った守備側の選手に接触しようと走路を外れたりしてはいけない。



つまりは選手の故障を防止する新ルール。


分かりやすく言えばアウトのタイミングでも、キャッチャーがランナーの走路を塞いでいたらセーフになってしまうのだ。



3塁コーチおじさんに続いて、うちの萩山監督もベンチから出てきた。


すると球審はまあまあまあと抗議にきたコーチを宥めながら、他の3人の審判を集めて、バックネットに引き上げていく。




「えー。お知らせします。ただいまの本塁でのプレーにおきまして、コリジョンルールに関わる接触プレーがありましたので、ビデオ判定を行います。しばらくお待ち下さい」









責任審判のおじさんがバックネットの音響スタッフにマイクを返して、審判団が全員グラウンドから姿を消してモニター室へと消えていった。


ドーム内はざわざわとした妙な雰囲気に変わる。



しばらくすると、バックスクリーンにさっきの本塁でのクロスプレーの様子が写し出される。


首を下に向けながら、少し膨らむようにして3塁を回ってホームに向かう俺。


センターからの送球をもらったセカンドからの、矢のように素早いボールを構えるキャッチャーにやや低く入る。


俺がホームベースの後ろ方向に滑り込みながら、左手をベースに伸ばす。


キャッチャーに衝突しようとする気は全くない。


しかし、セカンドからの送球を受けたキャッチャーが思いっきり滑り込む俺の走路に、送球を受けた流れで踏み込むようにして入り、結果的に俺を押し返すようにガッチリとタッチしてしまっていた。


そんなキャッチャーのブロックに吹き飛ばされた俺は尻餅をつくようにしてひっくり返り、球審がアウトのジェスチャーをした瞬間に、3塁コーチおじさんが一目散に走って向かってきていた。



そんなスローでの映像が2度3度流されると、なんとなくスカイスターズのファンは静まり、キャッチャーのブロックプレーに対して、さみしい数のビクトリーズファンからブーイングの声が聞こえてきた。







コリジョンルールをだいたい理解していれば、今のプレーがどういったものか分かりそうなものだが、審判団はなかなかグラウンドに姿を表さない。


そこで俺はヘルメットを外して、ベンチの1番前。柵に乗り出すようにしてなんとなくグラウンドを見つめる。


ちゃんと汗をタオルで拭って、ちょっとドーランを塗り直してベンチで1番目立つところに出る。



こうすることで、何度も何度もリプレイを流し終えたメディア側に尺を提供出来るのだ。


当事者。どちらかといえば全うなプレーをした被害者といえる俺にカメラを向けるだろう。


現に、巨大なバックスクリーンにはベンチでチームメイトと会話する俺が抜かれている。


両チームのファンがそれを見上げていたので、おもむろにベルトを外し、ユニフォームを下げて黒いロングスラパンを見せるサービスシーンを提供する俺。


さらにそこで、超絶イケメンな俺がブロックされた時にちょっと足を痛めたかも……みたいにアンニュイな表情をすればこの映像を見た人の同情を買えるというもの。


そんな姿を見ればスカイスターズファンも、俺にたいして、なんだか申し訳ないような妙な気持ちになるだろう。


俺はどんな方法を使っても、死ぬまでこのプロ野球界にしがみつくつもりだ。


そのためにはまず、好感度や印象というものをグイグイ上げて、なんだか知らないけど応援したくなるような選手になるのだ。


そうすれば、もっと可愛い女性ファンが増えるかもしれないしね。


ヒャッヒャッヒャッヒャッ!!


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