クールを保つ新井さん
今日のうちの先発はドラフト2位ルーキーの碧山。
身長178センチ74キロ。細身な体型だが、体が柔らかく、大きく足を上げてからタメを作ってゆったりとした動作で投げる独特のフォームが特徴。
プロに入ってからの球速は最速で140キロだが、低めへのコントロールの良さと、斜めに落ちるスライダー気味のカーブと100キロに満たないスローカーブで打者を幻惑する。
ここまで5勝10敗と、大学生ルーキーとはいえ、満足のいくシーズンとは言えないが、今日は絶好調のようだ。
2種類のカーブにチェンジアップを駆使してバッターのタイミングをずらしてポップフライを打たせる。
そしてその緩い変化球を相手バッターに対して十分に意識させたところで、ノビのあるストレートを投げるとまるで150キロのスピードボールが決まっているかのよう。
130キロ中盤のストレートで面白いように空振りが取れた。
先制タイムリーを放ち、気分よくリードする鶴石さんのリードに導かれて、バックの守備も今日は固い。
早く点を返していかなければと打ち早る強力スカイスターズ打線を手玉に取っていく。
気づけばなんと8回を6安打無失点ピッチング。自己最多の9奪三振でそのまま9回のマウンドへと上がった。
「打ち上げた! ショート後方のフライです!赤月が打球を見上げながら、バックします!センターの柴崎も前進してくる!! ショートだ! 赤月が掴みました! これで2アウトです」
ストレートに詰まらされた打球。センター前に上がった打球をショートの赤月が一生懸命下がって、体をいっぱいに反らしながらちょっと目測を誤りかけたがなんとかキャッチ。
倒れ込みながら、ボールを掴んだグラブを胸に抱えるようにして、絶対に落とさないぞという気持ちを感じた。
それもそう。碧山君のプロ初完投初完封まであとついにアウト1つのところまできたのだ。
しかし2アウト2塁となっている場面で、相手の打順はトップに回った。
「1番、ショート、平柳」
チームの核。ここで打てば今の敗戦ムードをもしかしたら変えられるかもしれない力のある唯一の存在だ。
スカイスターズのスター選手。
こういう選手はチームが本当に必要とする時に、結果を残してくるのがスターたる所以である。
そうはいってもあとアウトカウント1つで3点差あるから大丈夫だろうと俺はぼんやりレフトから見ていた。
碧山君相手にここまでノーヒットだった平柳君だったのだが、3球目のアウトコースのチェンジアップをきっちり流し打ちでミート。
打球は三遊間を抜けて、俺の目の前へと転がってきた。
地を這うようにして、水道橋ドームの人工芝の上を転がってくるボール。
タイミングを合わせながらボールを捕球して顔を上げた時、コーチャーのぐるぐる回すジェスチャーに従って3塁を回ってホームに向かうランナーが見えた。
俺の守備力が低いからとバカにしやがってスカイスターズめ。
ボールを右手に持ち替えて、乾坤一擲のレーザービームをお見舞いしてやろうかと腕を振り上げた俺の脳裏にある考えが浮かぶ。
このままムキになってバックホームする場面なのかと。
9回2アウト2塁。3点差。守備側としては無理をする場面じゃない。1点くらいやったって構わない場面。無理にバックホームして暴投なんかしたら、目も当てられないし。
碧山君の完封がかかっているからとはいえ、意地になってバックホームしてもしょうがない。所詮完封など完封止まり。
9回先頭をフォアボールで歩かせ、ランナー2塁から野手の中で1番守備がプリっけつな俺のところに打たれている時点で残念無念。
大切なのはこの試合に勝つことなんだから。
ここに来て急に冷静になった自分に驚いている。
別にバックホームして暴投になってバッターランナーが進んでしまっても、次ホームランを打たれたら同点ということには変わりないが、守備でぐだるのはやはりよろしくないからね。
それに今日の宮森ちゃんの下着は白だったので、俺のそれにならって謙虚な姿勢で、中継に入っているサードの阿久津さんの胸元にきっちりとボールを返した。
「ピッチャー岸田。………1ボール2ストライクから4球目を投げました! ……打った!打ち上げました! ……右中間に上がりましたが伸びはありません!………センター柴崎横に移動しながら掴みましてゲームセット!! 3ー1!!
最後はクローザーの岸田が締めました! ビクトリーズは序盤の3得点を守って連勝!一方スカイスターズは今日も打線が繋がらず、最下位相手に痛い連敗!2位北海道が勝ったため、ついに今シーズン初めて首位から陥落しました!」
2アウトから平柳君にタイムリーを打たれて3ー1と2点差に詰め寄られたところで、ビクトリーズ萩山監督はスパッと碧山君からキッシーにピッチャー交代。
そのキッシーが2番佐藤をきっちり打ち取り試合終了。
いつになく本気のスカイスターズ相手にこの9月の半ばでまさかの連勝を決めて、明日の3戦目に臨むことになった。
「ビクトリーズファンの皆様、お待たせ致しました! 本日のヒーローは見事なピッチング、勝利投手の碧山健吾投手です!」
3塁ベンチ前では、左肩にアイシングをして、その上からデカイピンク色のシャツを羽織った碧山君の姿。
美人なインタビュアーにマイクを向けられて羨ましい限りですよ。
久々の6勝目を喜ぶように、スラッと高い鼻の下で、白い歯がキラリとしていたのが印象的な碧山君だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます