スター選手はやっぱりすごい

「6回ウラ。スカイスターズの攻撃は……1番、ショート、平柳」



「「ワアアァァァーーーー!!!」」



平柳君がアナウンスされて打席に向かうと、ドーム内がまるで大チャンスを迎えたのような大歓声に包まれた。さすがはチームのスター。日本を代表する選手だ。


ファンの期待と人気が違う。



打席に入る姿もサマになっている。



まるでゴルフスイングをするように大きくゆっくりと弧を描くようにバットを振り回し、上半身を捻るようにして腰を回してから、バッターボックスに足を踏み入れる。


足場をならして、少し堀り込むようにしながら打席の1番後ろに立つと、両太もも辺りのユニフォームを足の付け根の方に引っ張るようにしながら、少し腰を沈める。


そして肩幅くらいに足を開き、右足を少し上げるようにしながらバットを高く構える。




うちのピッチャーはここまで好投している竹倉。2軍で続けて結果を残していた彼が投げた縦に曲がるスライダー。


膝元に沈むいいボールだったが、平柳君がそのボールを掬い上げた。まるで配球を読みきっていたかのような狙い澄ましたスイング。


打球はグイーンと伸びて右中間へ上がる。ライトの桃ちゃんが追いかける。


追いかけるが、フェンス近くまでいって、諦めたように上を見上げるだけだった。






ライトスタンドの中段。ど真ん中のど真ん中。オレンジ色に染まったスカイスターズファンの真ん中に、平柳君の打球が吸い込まれていった。



「「ドワアアァァァッッー!!」」





そしてまたスタンド中から大歓声が起こり、スタンドを染め上げるようにオレンジ色の旗やタオルが振られている。


平柳君が打球の方向を見つめながら、1塁ベースを回って2塁へ。2塁をゆっくりと回り、3塁ベースも踏んで、3塁コーチャーと軽くタッチを交わしてホームインした。


6回ウラにようやくの1得点。まだスコアはうちから見て5ー1だが、チームの中心選手である平柳君のホームランとあって、ドームの雰囲気が少し変わろうとしていた。



すると………。


3塁ベンチ。すなわち、うちのベンチから吉野ピッチングコーチが姿を現す。そして大股で歩きながら、主審に新しいボールを要求してそれを受け取り3塁線を跨ぐ。


マウンドに到着すると、ピッチャーの竹倉を労うようにお尻を叩きながら、笑顔で何か言葉を掛けている。


竹倉も吉野ピッチングコーチの言葉を聞いて、何度も頷き、額の汗を拭いながらゆっくりとマウンドを下りて3塁ベンチに引き上げていく。


そしてうちの萩山監督がもったいぶるようにベンチからのっそりと現れて、球審に交代を告げた。









「北関東ビクトリーズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、竹倉に代わりまして……高久。ピッチャーは高久。背番号43!」


マウンドを下りた竹倉とちょうど入れ替わるようにして、ベンチから駆け足で出て来た背の高い細身の男。


最近は何度か先発として起用されていた右ピッチャーが今日は中継ぎという格好でマウンドに上がった。



ここまで無失点、ほぼ完璧なピッチングをしていた竹倉だったけど、平柳君のホームランでちょっと試合のムードを持っていかれてしまったからね。


初回から全力で投げていて、スタミナというところもちょっと厳しい感じになっていたので、まだ点差があるうちに早めの交代。


ピシッと流れを立ち切るようなピッチングに期待したい。



ベンチを離れた吉野ピッチングコーチが待っている。マウンドに来た高久に真面目な口調で何か告げると、真新しいボールを渡してマウンドの後ろに下がる。


高久はもらったボールをこねながら、スパイクの長さを利用して足を踏み込む位置を計り、そこを軽く蹴り上げて足場を作る。


そして投球練習を開始する。


ストレートにカーブに落ちる球。感触を確かめるようにして2球ずつ投げて、最後にまたストレートを投げる。


歩み寄ってきた吉野ピッチングコーチとまた言葉を交わし、コーチは軽快に走ってベンチへと戻っていった。


そして試合が再開される。


「バッターは………2番、センター、佐藤」








「打ちました! これも左中間にたかーく上がった打球です。レフトの新井が手を挙げている。……にっこり掴みまして3アウトチェンジ。


スカイスターズはこの回、平柳のソロホームランで1点を返しましたが、その後は凡退。5ー1。ビクトリーズが4点リードで7回表の攻撃に入ります」



この回マウンドに上がった高久は思い切りのいいピッチング。3人全て外野フライ。


少々コントロールは甘いが、威力のあるカットボールでバッターを押し込み、1番平柳君のホームランの直後の2番3番4番に会心の当たりを許さなかった。



4番バッターの打球を掴んだ俺が背後のビクトリーズファンがいるスタンドにボールを投げ込み、ピッチャーの高久がマウンドを下りながら、ポーンとクラブを叩いた。


平柳君の一撃でうちとしては嫌な流れになりそうなところで後続を切ってくれたのでこれは大きい。


先発としては3試合に投げて今一つな印象だったピッチャーだったが、ここは仕切り直しの上位打線をポンポンポンッとテンポよく3つのアウトを取ってくれた。


これは高久にとってもこれからは中継ぎとして目処が立ちそうで意味のある1イニングになりそうだ。




吉野ピッチングコーチもうんうんと頷きながらベンチに帰ってきた高久の姿を見つめていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る