新井さんのバットが折れる。それ、すなわち………。
「ビクトリーズ、左腕の奥田から代わりました永富、セットポジションから第4球投げました! ……打ったいい当たり! 2塁ベース左だ!ショートの赤月がいいポジショニングこれを掴んだ!
……落ち着いて1塁へ送球、アウトで3アウトチェンジ!………この回、茂手木のタイムリーなどで2点を奪われましたが、3ー2! なんとか1点リードを守りまして7回裏、ビクトリーズの攻撃に移ります。さあ、取られた後、反撃に転じたいところであります」
左バッター2人の流れが終わったので、最近2軍で好投していた右ピッチャーが登場ら、
いきなりカシーンと捉えられる当たりも、なんとかショートゴロに打ち取ってリードは守った。
7回ウラ、ビクトリーズの攻撃は8番守谷ちゃん空振り三振。9番代打の川田ちゃんライトフライ。1番柴ちゃんがファーストゴロであっという間に三者凡退で8回表へ。
セットアッパーのロンパオがマウンドに上がったのだが、いきなり先頭打者にヒットを許し、2アウト3塁となって………。
「ピッチャー李、投げました。低め変化球打った! ショートの右! 赤月飛び付くー! ………捕れない! センターへ抜けたー! 東北レッドイーグルス、同点!8回表、3ー3の同点に追い付きました!」
「2ボール2ストライク。ビクトリーズとしてはここでなんとか切りたいところ。セットポジションから第6球。
ロンパオ得意のドロップカーブだ!……ハーフスイング、バットが回りました!三振です。3アウトチェンジ。最後もまた2アウト1、2塁というピンチでしたが、ロンパオここはなんとか踏ん張りました。
東北レッドイーグルスが1点を返しまして、3ー3!試合同点となりまして8回ウラ、ビクトリーズの攻撃に入ります!」
くっそー。同点に追い付かれちまった。
今日はいけるかも思っていたのに。やはりクライマックスシリーズ進出を目指しているチームは粘りが違う。
局面局面で選手1人1人が必死にやっている感じだ。
俺はマイベンチにクラブと帽子を置いて、左手にしている守備用革手を外す。
紙コップなみなみに注いだスポーツドリンクを飲み干して、顔をタオルで拭って、バッティンググローブを入れたピンク色のヘルメットとバットを持ってベンチから飛び出す。
そしてその勢いのまま打席に入り、バットを振るだけ!
この回は俺からの攻撃だ。華麗にカツーンと軽々スタンドに放り込んで、バック転ホームインして、今日のお立ち台はいただきよ!!
ガキィ!!
ぎゃあ! バットが折れた。どん詰まり。手が痛い!
「インコースストレート、完全詰まった打球になりました!! バットが折れました3塁前、ラインギリギリ切れるか!? まだ切れない!ボテボテだ!打った新井が走る!サードが前進する! 前進するが打球を捕らない、捕らない!間に合わない!
サードが見送る! ライン上打球が止まった! フェアだ! ビクトリーズファンからは大歓声!!新井がサードへの内野安打で本日猛打賞!!ノーアウト、勝ち越しのランナーが出ます!」
見たか!! 秘打よ、秘打!
インコースに真っ直ぐがきたから、なめるなとぶっ叩いた瞬間。バットも根っこも根っこ。極めて手に近い場所に当たったため、バットは砕けるように折れてしまったが、打球はいい感じに3塁線をコロコロ。
バントしてもなかなか転がせないような線上感。
ビクトリーズスタジアムの1塁線、3塁線は切れにくい芝の目をしていることも、もちろんリサーチ済みだ。
豪快なホームランだけが野球じゃないのよ。詰まらされても、バットを破壊されてもヒットになる可能性を最後まで模索していく。
これぞ野球。これぞドラ10のバッティングよ。
「さあ……。期待の新井が出塁しました。そして、バッターボックスには3番の阿久津です。今日はまだノーヒットです」
「バントもあるかもしれませんねえ」
8回ウラ、同点のノーアウトランナー1塁。
どんなサインが出るのだろうと、俺はワクワク。こんな終盤の切羽詰まった場面ですから、1手1手の選択とタイミングが試合の勝敗を分けかねない。
3塁コーチおじさんがパッパッパッと、慣れた手つきで巧みに自分頭やら顎やら腕やら胸やらを触っていく。おケツは触らないみたい。
恥ずかしいから。
「さあ、ノーアウトランナー1塁。打席の3番阿久津ですが…………。おっと! 送りバントの構えをしています。ビクトリーズ、まずは得点圏をという考えなのでしょうか」
「まあ、8回ウラ。1点取れば後は9回抑えるだけですんでねえ。なにがなんでもということでしょうね」
サイン通り、阿久津さんがバントの構えをする。
ピッチャーがセットポジションに入り。俺はすすすと、リードを取る。
相手サードがジリジリとバントに備えて少し前進。
ピッチャーが少し長い間合いから、投球モーションに入り、ボールをリリースする瞬間、バッターの阿久津さんがすっとバットを引いた。
そしてそのままアウトコースにきたボールを打ち返す。
カンッ!!
いい当たりのライナーが1塁線側に飛ぶ。
俺はそれを見て、頭から慌てて塁に戻った。
「セーフ、セーフ!!」
あぶねー。ダブルプレーになるところだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます