いじわる桃ちゃん

星も輝く夜空に舞い上がった桃ちゃんの打球。


ほぼど真ん中のストレートをしっかり呼び込んでドンピシャのタイミングで捉えると、打球はライト上空へ。


その瞬間、キャッチャーがミット構えたまま、ガックリと首を傾げて、打球を振り返ったピッチャーもガックリしながら膝に手を着く。


軽くバットを確信投げした桃ちゃんがゆっくりと1塁へ走り出し、風にも乗った打球がライトスタンドの中段へ。


真っピンクに染まったビクトリーズファンが皆両手を挙げて喜びを爆発させる。


そんな中、ダイヤモンドを1周する桃ちゃん。


どんなに気持ちのいいことだろう。


俺はそう考えながら、ホームに返ってくる桃ちゃんを羨ましい目で見つめていた。


そして監督を先頭に、チームメイト全員がベンチの1番前に出て手を出す。


そのホームラン人形を左脇に抱えて、列に飛び込む桃ちゃん。


「よっしゃ、よっしゃ!」


「よいしょ、よいしょ!」


ホームランの感触が残っているのだろうか。


やりきったような満足した表情で桃ちゃんは全員とハイタッチをして、ホームラン人形をスタンドに放り投げた。


俺は桃ちゃんに聞いてみる。


「どんな感触だったの?」


「新井さんも打てば分かりますよ」



うわあ、いじわる桃ちゃんだ。







7回表。東北レッドイーグルスの攻撃。


4回からほぼ完璧なピッチングで相手打線を封じてきた連城君だが、さすがに疲れが見え始める。


1アウト2塁とされて打席には下位打線のところで代打起用された助っ人外国人。


ガムをくっちゃらくっちゃらさせながらバットを振り抜くと、俺の頭の上を越えてあっという間に左中間を真っ二つ。


俺がその打球のクッションボールをポロポロする間に1塁ランナーの生還も許して3ー1。2点差に詰め寄られた。


それに関しては本当にごめんなさい。普通に処理を焦りました。



そしてベンチから萩山監督が出て来て、たまらずピッチャー交代。


左バッターが続くところで、ベテラン左腕の奥田さんがコールされた。


リリーフカーに乗って、170センチの小柄なおじさんがマウンドへに上がる。


2点差。1アウト2塁。


なんとかこのままこの回を終わらせてくれれば、8回ロンパオ。9回キッシーの勝利の方程式が一応あるのだが。



対するは1番バッターの茂手木。アウトコースのボールになるスライダーを見送り、2ボールとなった3球目。


その2球よりも内側にきた3球連続のスライダーを引っ張る。


打球は飛び付くファーストシェパードの向こう側。


1塁線を痛烈に破っていった。






「1塁線破ったー!! 長打コースになります!! 2塁ランナーが3塁を回ってホームイン! 打った茂手木も2塁へ!! 3ー2! 1点差! インコースのボールをものの見事に引っ張っていきました!さあ、これで試合が分からなくなりました!」


やばい。………今日はこんな調子のまま、なんとなく連城君の完投で楽勝ムードと思っていたら、一転して同点のピンチ。


逆転でのクライマックスシリーズ進出へ、4位東北が最下位のうち相手に底力を発揮してきた感じだ。


前の回まで、今日は勝てるぞとキャッキャッしていたビクトリーズファンの顔がみるみる青ざめていく。対するイーグルスファンは押せ押せムードで大歓喜。


それでも、サードを守るキャプテンの阿久津さん、キャッチャーの鶴石さんらのベテランが必死声を出して浮き足立つチームをなんとか落ち着かせようとしている。



俺も落ち着きながらチンポジを直す。



そして2番の左打者がバッターボックスへ。


このバッターの巧打タイプの嫌らしいバッターだ。


打たれた奥田さんに交代はない。


そしてさっきと変わらず初球アウトコースのスライダー。


バットに当てられたが、3塁側スタンドへのファウルボールを打たせて1ストライクからの2球目。


アウトコースのボールを左バッターが流し打ち。


レフト線近くのフェアゾーンフラフラッと打球が上がった。






俺は打球を追いかける。


取れなかったら同点。ヒットにしてしまったら同点。さっき、フェンス際でポロポロしてしまった件があるからなおさら。


俺は今までにないくらい必死に打球に向かって走った。


そして、タイミングと落下点を計算しながら頭から滑り込んでダイビングキャーッチ!!



「アウト!!」


ギリギリ。グラブの先にギリギリ打球が引っ掛かった形だ。



俺は滑り込みながら掲げたグラブを見て、3塁審判が握った右拳を何度も突き上げる。



あわてて2塁ランナーがベースに戻る姿が見えたが、すぐには送球出来なかった。近くにきたショートの赤ちゃんにボールを返すだけ。


2アウト2塁となった。



俺はふぅーっと大きく息を吐きながら、片膝を人工芝につけたまま、グラウンドを見渡していた。


マウンドの近くでは、ピッチャーの奥田さんが俺に向かって右手のグラブを左手で叩きながら拍手。


俺はそれに応えるように立ち上がりながらグラブを上げた。


はぁー。なんとか捕れた。思ったよりもレフト線に切れていったから一瞬無理かと思った。


ポニテちゃんに右足をケアしてもらってなかったら、最後の踏ん張りが効かなくて捕れなかったかもしれない。


次会った時に、改めてお礼を言っておこう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る