解説者のおじさんと絡む新井さん
「ありがとう、助かったぜ!!」
「どうも!」
キャッチボールと軽く遠投を終えると、午後2時ちょいすぎ。
内野グラウンドではバッティングゲージが2つ用意されて、バッティングピッチャーのおじさんがのっそのっそと現れて肩慣らしをしている。
ベンチに戻り、水分補給をして、タオルで汗を脱ぐいながら、バッティング練習の順番を確認する。
俺は5番目の左側。
ということは………。最初の2つまでレフトの守備位置に就いて、その後バックネットでティーバッティングをして、ゲージに入ってバッティングしたら、室内に移動して、軽くバントでもやっておくか。
そんな感じでプランを組んで、早くも1組目のバッティング練習が始まるところなので、急いでレフトのポジションへと走る。
まだ誰もいない静かなスタンド。
清掃係のおじさまおばさまが椅子を丁寧に水拭きして、ゴミも拾いながら掃き掃除をしている。
せっかく静かだったのに、ジャンジャカジャンジャカ、動作確認をしているのかバックスクリーンにいつもの妄想PVが流れ始めている中、バッティング練習が始まった。
通例により、年齢順。
18歳の浜出くんと、23歳の代走・守備固め要員の子がバッティングゲージに入った。
カキィ!
いかにも去年までバリバリの甲子園球児でしたと言わんばかりの坊主頭に、日に焼けた顔をむっとするようにして集中している浜出君。
インコース気味のボールに対して強いスイングを見せる。芯に当たり、引っ張った打球がライトに上がる。
俺と同じく、ライトで守備練習をしている桃ちゃんがその打球に反応。
打球が上がった上空を見上げるように背走しながら追い掛け、寸でのところで左腕を伸ばしギリギリでキャッチ。
カキィ!
またライトに飛ぶ。
今度はさっきよりも高く上がったフライ。少し擦り上げたような打球。足を止めた桃ちゃんが今度は何かタイミングを図るようにして静かに上空を見上げる。
ほぼ定位置。イージーフライ。
すると彼は、左手をすっと体の後ろに回し、背面キャッチ。見事なまでのノールックキャッチ。
なぬ。奴め、味な真似を……。
そして桃ちゃんは、俺に向かって何度もガッツポーズをして挑発している。
そんな中、俺の頭上にフライが上がる。
素早く落下地点に入り、きっちり風も計算して、俺も同じようにして、体の後ろにグラブを回す。
ボトッ。
理屈は分かっているのよ、理屈は。
「新井くーん、へたくそー」
清掃係のおじさまに野次られたし。
「うるせー、ちゃんと仕事しろー!」
言い返してやったぜ。
「ギャハハハハ!」
と、大笑いしてらっしゃるけど。
ていやっ!
ようやく俺のバッティング練習の時間。
左投げのおじさんの対角に入ってくるボールを打ち返した。しっかり手元まで引き付けて最後までボールを見る。
やや詰まりながらも、打球は文句なしにライト前付近にボトリと落ちて俺はニッコニコでありがとうございましたと、お礼を言って、軽く足場を整えてバッティング練習を終える。
ゲージの後ろで俺の様子を見ていた、萩山監督、ヘッドコーチ、打撃コーチの3人。
俺はその首脳陣に向かってこれ以上ないドヤ顔を決めながらベンチへ引き上げる。
「新井くん!」
「ん?」
「はじめまして。大谷順二です」
すると、ガタイのいいちょっと太ったおじさんが声を掛けてきて、握手の右手を出してきた。
誰だ、このおっさん。俺はそう思ったが、グラウンドにきた人には、誰であれ礼儀正しくしておけ。
現役引退した後の就活に影響するぞと、普段からコーチに口酸っぱく言われているので、俺は笑顔で握手し、応対した。
「バッティング練習見てたよ。調子良さそうだねえ」
「まあ、バッティング練習なんでね。悪くない感触でしたよ」
「ちょっとバット見せてもらっていいかい?」
「いいっすよ。そんなたいしたバットじゃないけど」
大谷というおじさんは、バットを受けとると、グリップの太さを見たり、長さを確認したり、耳を近付けて、芯の部分を指でノックしたりしている。
そのちょっと太っちょなおじさんは、随分と慣れた手つきでじっくり俺のバットを確認し終えると、くるりとグリップをこちらに向けながら俺にバットを手渡してきた。
そして、ちょっとにんまりとしている。
どうやら俺のバットの秘密に気付いたようだ。
「もしかしてそのバットって……」
「その通り。球団から支給されている汎用バットですよ」
「だよねえ。ずっとこのバットを使ってるの?」
「ええ、そうですよ」
「本当? そうだったんだ、意外だねえ」
あまり年俸の高くない2軍選手といえども、グローブやバットにはお金をかけて相当こだわるものだ。
商売道具だし、結果や成績に直に関係するものだから、自分の体と同じように気を使のは当然だ。
それが1軍で活躍する選手になればなるほど、そのこだわり度も比例していくものだが、俺が使っているバットは球団から1本7000円で購入出来るドノーマルなバット。
大学生や社会人選手が使っている、その辺りのスポーツ用品店に並んでいるようなものと同じものなのだ。
その事実に、大谷と名乗るおっさんは驚いていたのだ。
「でも、大谷さん。このバットは、機械で仕上げていますから、1本1本微妙に違うんですよ。………例えば……」
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