宮森ちゃんは俺とキャッチボールがしたいのか
「よっこらしょっと。守谷ちゃん、どーよ最近。結構打率が上がってきたんじゃない?」
カレーが出来上がるまで、ケースに入っていたフランクフルトを持って、守谷ちゃんの正面に座る。
「最近、打撃コーチに足の上げ方直されて、そこから少し掴んできましたね。まっすぐに振り遅れてるから、少し上げ幅を小さくしろって」
「まあなー。確かにストレートに負けないのは大事だよな。一昨日の横浜との試合でも、真っ直ぐ系のボールをヒットに出来ていたもんね。……俺もそっちのがいいと思うよ。まあ、長打力は少々落ちるかもしれないけど。まずはヒットにすることが大切だからね」
「新井さんが言うと説得力ありますね」
「馬鹿にすんな」
守谷ちゃんは高卒6年目の24歳。走好守3拍子揃った左打ちの2塁手として、ドラフト4位で西日本リーグに所属する京都に入団した。
2年目に1軍に初昇格して、主に代走守備固め要因ながら、シーズン終盤だけで3本塁打を放つなどキラリと光るバッティングセンスもあったのだが。
レギュラー獲得を目標にした翌年の春キャンプ中に、腰のケガで長期戦線離脱。
結局その後4年間は調子が上がらず、ほぼずっと2軍暮らし。そして昨年オフ、新球団トレード制度で売りに出される、実質上の戦力外通告を受けた。
すぐにビクトリーズが800万円の移籍金で買い叩いたわけだが。
「カレーお待ちどうさまー!!」
「イエーイ!!」
しかし、その800万円の選手も、今ではうちの貴重なレギュラーセカンドだ。
環境が変われば選手も変わる。
そう言って獲得を後押しした萩山1軍監督の目は確かだったようだ。
シーズン序盤こそ、ドラフト7位ながら、プロに入ってからの成長著しかった高卒ルーキーの浜出くんの台頭があり、ベンチを暖めることも多かった。
しかし、5月に入る頃になると、持ち前の守備力と堅実なバッティングでスタメンに定着。
4年ぶりのホームランを放ち、打率も2割5分3厘。チームトップの20犠打を記録するなど、チームに欠かせない存在になってきている。
まあ、バントの数は俺が猛追しているから、抜かれるのも時間の問題ですがね。
しかし、守備の指標を見ても、12球団のレギュラーセカンドの中で、4番目にいい数字。
守備範囲が広く、打球の反応もいいし、球際も強い。肩の強さが平均以下なのがちょっとあれだが、それを差し引いても、球界の名手が多く揃うセカンド部門で4番目は立派な数字だ。
俺のレフト指標は下から数えた方が早いひどいもんですから。
とにかく守谷ちゃんは真面目な性格で、2軍でじっくり反復練習に取り組んだ4年間が身になってきて、心身充実しているように見える。
ちゃっかり車も買い替えていたしね。
「新井さん、お先っす!」
「おう、またな」
栄養士と調理師免許を持ち、かつてはJリーグチームのクラブハウスも担当していたこともある、おばちゃん特製のオムライスを食べ終わった守谷ちゃん。
米粒1つ残さずにあっという間に平らげ、皿に残ったデミグラスソースも最後はスプーンでこそぐようにして味わい、満足そうに完食した。
最後にプラスチックのコップに注がれた冷たいほうじ茶をグイッと飲み干すと、勢いよく席を立って、そのおばちゃんにごちそうさまですと、頭を下げながら食堂を出て行った。
スタジアムの方ではなく、室内練習場の方に向かったようだ。
今も耳を澄ませると、その練習場から、カツーン、カツーンと誰かがバッティング練習をしている音が聞こえる。
こちらも負けじと60秒でカレーを食べ終え、ほうじ茶を飲み干しながら食器を片付けておばちゃんに手を振って食堂を出る。
チーム練習までまだ多少時間がある。
俺も少しくらいは練習場でバットを振っておくかと思ったが、ロッカールームに誰かが持ってきた最近話題の漫画が積んであったのを思い出し、誘惑に負けた俺はアイスを食べながら、その漫画を読んで時間を潰すことにした。
一休み、一休み。
上手く休むのもトレーニングのうちですよ。
などと、余裕かましていたら、宮森ちゃんにロッカーで新井さんがサボってましたとチクられて、コーチに怒られた俺は、もうチーム練習は始まっているのに、サブグラウンドでランニング10周の罰を与えられた。
しかしこれがなかなか。
気温も太陽の照り付けもマックス状態の中、ゆっくりじっくりランニングしたおかげで、たっぷりと汗をかき、体全体にキレが出てきた気がする。
ちょっとバットを手にしてみても、体の軽さが感じられ、気分も清々しい。
これは夏場のいい調整方法かもしれないと、ニッコニコで途中に出会ってしまったファンにサインを施しながら、ビクトリーズスタジアムに戻る。
チーム練習は、ストレッチやランニング、数種類のサーキットダッシュまで終了していて、みんなスパイクに履き替えてキャッチボールを始めたところだった。
いつもキャッチボールしている柴ちゃんは、桃ちゃんとキャッチボールしてるなあ。
ベンチを見渡すと、ちょうど一仕事終えたような顔をしたアシスタントトレーナーの子がいた。
「暇だったら、キャッチボールお願いしていい?」
「私ですか!?」
背を向けていた宮森ちゃんがびっくりした様子でこちらを振り向いた。
「いや、宮森ちゃんじゃなくて。隣の彼に……」
「分かりました。今、グラブ持ってきます!」
隣の彼は上着を脱ぎながらベンチ裏に走っていく。
「びっくりしたー。私かと思いましたよー」
宮森ちゃんはそう言ってほっと一安心した表情をしている。
どうして俺が広報の女の子とキャッチボールしなきゃいけないんだよ。普通分かるじゃん。
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