昼寝して怒られる新井さん
「なるほどねえ。話を聞かせてありがとね、今日も期待しているよ」
そう言って大谷さんは、バッティングゲージ裏で選手の練習を見守る首脳陣達のところへ歩いていった。
一体誰だったのかよく分からなかったが、どっかの球団のOBで、テレビかラジオかの解説にきたのだろうか。
まあ、いいや。
バッティング練習を終えると、時刻は午後3時になろうとしているところ。ミーティングが始まるまであと1時間ほどある。
バッティング練習が終わった選手は、グラウンドに出て、打球に合わせて守備練習をしたり、外野フェンスの前でノックを受けたり、打球が飛んでこないファウルゾーンで走塁練習をしたり。
ベンチ裏のスペースでトレーナーに見てもらいながらトレーニングする選手もいるし、早めにシャワーを済ませてマッサージを受けるベテラン選手もいる。
スコアラーやコーチと話し込む選手もいれば、照り付ける太陽の中、グラウンドに出っぱなしでひたすら大きな声を出しながら駆け回る選手もいる。
とりあえず俺は、ベンチにバットを置き、宮森ちゃんの目を盗んで、ケータリングルームに忍び込み、アイスを1本食べてから、室内の練習場に向かった。
そこでは、浜出くんや守谷ちゃんなと、バントのサインがよく出るメンツ達がマシンが放るボールをコツンコツンとやっていた。
「混ぜてー」
「どうぞー」
「続きまして、後攻の北関東ビクトリーズ、スターティングラインナップを発表いたします!!」
ちょっとバント練習した後、宮森ちゃんの目を盗んでエアコンが効いた涼しい事務所のソファーに寝転がり、宮森ちゃんのデスクからいい香りがするブランケットを拝借しまして、少しお昼寝。
15分か20分か。
そのくらいのお昼寝のつもりだったのだが、気付いたら午後5時を回っていた。
かなりのうっかりを発動させてしまった。
試合前ミーティングがとっくに終了している時間なのである。
監督をはじめとした首脳陣全員。先発投手以外のベンチ入り選手全員。
選手に関わる、メディカルコーチ、トレーナー、スコアラー辺りのメンバーも。
試合に関わる関係者が全員で、ミーティングルームに集まり、相手の先発投手を攻略するための話。相手打線の話。データに関する話。
今日の球審は誰々さんだから、ストライクゾーンに関してはこういう傾向があるから気をつけろ。
みたいな話もする。
試合に勝利するためのミーティングだ。
それをすっぽかしたのはまずい。もう10分もすればシートノックが始まってしまうので戻らないといけない。
どういう顔をしてもどればいいか、宮森ちゃんのブランケットをくんくんしながら必死に考えた。
ミーティングではスターティングメンバーの発表も行われるので、全部の話が終わった後に、ヘッドコーチがメンバー表のペラペラな紙を持ってみんなの前に出て来て………。
「よし、今日のスタメンを発表するぞ」
「「おす!」」
「1番センター、柴崎!!」
「はいっ!」
「2番レフト、新井!!」
「…………………」
「2番レフト、新井!!」
「…………………」
「新井はどうした!」
「分かりません、今はいません!!」
「あの馬鹿野郎が。見つけたら、俺のところまで来るように伝えろ!」
みたいなことになっているので、あれ? 俺もちゃんとミーティング出てましたよ! というのは通用しなさそうだ。
トイレに行っていました。というのも無理がある。恥ずかしいし。
となれば、試合ギリギリのギリギリまで、秘密特訓をしていたということにしておこう。
試合で活躍するために必要なトレーニングで調整していた感を出すために、霧吹きでシャツをびしょびしょにして、ちょっと息を切らしてフーン!フーン! している雰囲気を醸し出して、みんなの前に俺は現れた。
バットを片手に、顔も険しい感じにして、誰も寄せ付けないオーラを醸し出しながら、自分のベンチに腰を下ろし、シートノックの準備をする。
そんな俺の元に、ヘッドコーチがゆっくりと近づいてきた。
「新井。そんなごまかし方をしても無駄だぞ。事務所の方で寝ていたらしいな。広報の宮森に聞いたぞ」
みーやーもーりーめー………。
「さあ、間もなく午後6時になるところ。北関東ビクトリーズ対埼玉ブルーライトレオンズの3連戦の初戦です。
投球練習が行われておりまして、試合が始まろうとしています。ビクトリーズの先発はベテランの広元です。北海道フライヤーズにドラフト3位指名、右のサイドハンドです。北海道フライヤーズでは、在籍10年で65勝。今年34歳になりますね。
キャリアハイでは4年目に11勝を挙げたシーズンがありましたが、ここ3年は肘の怪我に悩まされました。その間、3年で1軍での登板はわずか11試合。
昨年オフ。新球団創設トレードで、この北関東ビクトリーズにやってきました。今シーズンは先発登板15試合で4勝6敗。防御率は4.36という成績が残っています。前回登板は4回を投げて5失点。勝敗は付きませんでした」
「確かに5失点はしましたけどねえ。味方のエラーがありましたしねえ。ピッチング自体は悪くなかったですよ」
「ええ。前回登板は2週間前でした。1度2軍にいきまして、そこでコンディションを作り直したという広元。もうベテランといっていい年齢に差し掛かっていますが、持ち前の粘り強さを発揮していきたいところでしょう。果たして今日はどんなピッチングを見せてくれるでしょうか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます