パーフェクトな新井さん

「8かいウラ、きたかんとうビクトリーズのこうげきは………2ばん、レフト、あらい」


今日4打席目である。


「よろしくっすー!」


いつものように、ホームベースの後ろが仕事場の2人に、陽気な挨拶をして、バッターボックスの中を軽くならして、グッと1度腰を下ろすようにしてから、バットを構える。



今日は非常に気分がいい。ヒットが打てているから当たり前なんだけど、視界が良いというか、気力に満ちている状態で野球が出来ているという喜びを感じる。



打席に入ってから、堂々とチンポジを直していく余裕もある。



「さあ、3点リードビクトリーズは8回ウラ、2番の新井からです。今日の新井は、センター前ヒット、サードへのバントヒット、そして3打席目はセンターへのタイムリーヒット。既に猛打賞を達成している新井です」


「点を取られた直後の攻撃では、これ以上ないバッターですねえ。今日の彼はいつにも増してスムーズにバットが出ていまして、特に1打席目はインコースのボールを打ってヒットにしていま………」



「初球を打っていった! ジャンプするショート平柳の頭の上、越えていきました! ……さあ! 先頭の新井が出ました! 新井は今日これでなんと、4打数4安打! ノーアウトランナー1塁です!」



「はっはっはっ………すごいですねえ」




「ふぁーすとらんなー、新井にかわりまして、すぎい」


ベンチから杉井が颯爽とやってきて、俺に右手を差し出す。


「新井さん、おつかれっすー」


「うぃ。後は頼んだぜ」



腰の辺りで杉井と軽くタッチを交わして、俺はゆっくりと1塁ベースを離れる。


「あ・ら・い! あ・ら・い! あ・ら・い!」


立ち上がって拍手をくれるスタンドと応援団に、謙虚な気持ちでヘルメットを外して頭を下げながらベンチに退く。


他のチームメイト達からも4安打すごいねと誉められながら、今日はみんなで美味いお酒が飲めるぞと、俺はにっこりしながらベンチに腰を下ろす。


そりゃまあ、試合の最後までグラウンドに居たいけれど、今日ほど仕事が出来れば気にならない。むしろみんなに称えられながらベンチに下がることになるから、それはそれで大いにアリ。


後はチームメイト達を応援するだけ。ドリンクを1本、がーっとイッキ飲みして、タオルで汗を拭き拭きして、道具を軽くお片付けしたら、ベンチの1番前に出て、手すりに寄りかかりながらグラウンドを見つめる。


3番阿久津さんの2球目に、代走杉井が2盗成功。


その後セカンドゴロで1アウト3塁。


4番桃ちゃんはファーストへのファウルフライで2アウト。


5番シェパードは低めのストレートを打ってサードゴロ。


この送球がワンバウンドになり、ファーストがポロリ。


慌てて踏み直すが判定はセーフ。


リードが4点に広がった。






「打ち上げた! ショートの赤月が手を上げている! ………セカンドベースのすぐ横、掴みました! 試合終了!! 7ー3! ビクトリーズ、首位スカイスターズ相手に金曜日からの3連戦を2勝1敗と勝ち越しました!」



後半戦、俺に負けず劣らずの絶好調を見せる同級生のキッシーが150キロのストレートがビュンビュン。得意のフォークボールがストンストンのピッチングで、最終回を3人でピシャリと締めてガッツポーズ。



4点差ありましたので、セーブシチュエーションではないものの、代打で出てきたバッターを寄せ付けないピッチングに、首脳陣もニンマリ。



マウンドの前でキャッチャーの鶴石さんとガッチリ握手を交わし、その周りにわらわらと内野手達が集まる。


勝利の瞬間をベンチで迎えた選手やコーチ達もみんなグラウンドに出てハイタッチをしていくのだが、俺はグラウンドには行かずに、ベンチ裏へと下がる。


そこには宮森ちゃんがいた。


「この後のスケジュールは一応こんな感じで……」


俺を待ち構えていた宮森ちゃんがぺろんと1枚の用紙を俺に渡す。



そこには、キャッチボール。サイン会。


参加希望者の皆様にシートノック(ノッカー新井さん)


最後に全員で写真撮影会。


などと、書かれていた。


「オッケー。だいたい分かった」


「それじゃあ、よろしくお願いしますね」





とかいうスケジュールがあったものの、俺にとっては同じくらいやらなきゃいけないこと。


出迎えなきゃいけない女の子3人がいた。


俺にとっての1番のファンである3人のかしまし娘達。


クラブハウスに向かう通用口から外に出て、スタジアムをライトポール際からバックネット側にぐるっと歩く。


いつしかのorzの子がいたファンショップ通り過ぎて、観客達が出入りするゲートの前。


そこに、みのりん、ギャル美、ポニテちゃんの3人がいた。


しかも、3人揃ってビクトリーズのピンクユニを着ていて、お腹には64の数字が。俺のレプリカユニじゃないか。


「やー!!」


俺が声を掛けると、そわそわしていた3人娘が俺の方を向いて駆け寄ってきた。


「やったね、新井くん。お疲れ様」


少し伸びた前髪をピンク色のヘアピンで止めているみのりんが優しく微笑む。


「いやー、今日は調子よかったよー。みんなが応援にきてくれたからだな」


「4安打なんて凄いわね。でも、調子に乗るんじゃないわよ。ケガにも気を付けること」


誉めながら、まるでお姉さんのような口調でギャル美はそう言った。


「今日でまた新井さんの打率が4割を越えましたからね! これからもこの調子で頑張って下さい」


「おう、任しとけって。……まあとりあえずあちいから、スタジアムの中に入ろうか。こっちに着いてきて」



キャッキャッと嬉しそうに歩く3人娘を引き連れて、俺は来た道をまた戻り、彼女達をスタジアムの内部へと案内した。

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