みのりん、怖じ気づく。

「この渡り廊下みたいになっている通路をまっすぐ行った先がうちのチームのクラブハウス。クラブハウスにはさすがに選手同伴でも行けないけど。


まあ、サブグラウンドと室内練習場が側にあって。中には、食堂とかロッカールームとか。でっかい洗濯機と乾燥機があるリネン室とか。あと、ビリヤードとダーツも出来る遊戯室もあるね。


選手達はまずスタジアムに来たら、ここにきて着替えたり、腹ごしらえしたり、マッサージ受けたり、遊戯室で遊んでリラックスしたり。試合に向けての準備をする場所だね」



「「へー!」」



「振り返ってもらって、今俺達がいるのがライトポールの後ろ辺りで、この出入口の先にはブルペンがあります。主に、先発ピッチャーが試合前肩を作ったり、中継ぎピッチャー陣が試合中に待機する場所だね。


常に試合の状況が分かるように、中継映像が出る大きなモニターとベンチとやりとりする電話機がある。ここから反対側の場所にリリーフカーが待機している大物の用具室があります」



「「へー!!」」



「それじゃあ次は、ベンチ裏の方へ行ってみましょう」






「このドアの向こうがロッカールーム。今ちょうど試合を終えた選手達が着替えてるからしまってるけど、広さは学校の教室くらいかな?


1人分ずつ仕切られた縦長のロッカーがずらーっと壁際に並んでいて、それぞれに座り心地抜群の親会社製のソファーチェアも1つずつあって、真ん中におっきなテーブルが置いてあるかな」



「「へー!」」



「反対側にトイレとシャワー室があって、さらにバックネット側にいくと、ここケータリングルーム。いつでもおばちゃんがいて、おにぎりやサンドイッチなんかを作ってくれてるんだ。


試合直前とか、試合中にも、ボイルしたウインナーとか、バナナとか、ゆで卵をつまんだりして、結構みんなちょこちょこ利用してるね。アイスを食うのは俺くらいだけど」



「「へー!」」


「で、この先が1塁側ベンチ。少しだけグラウンドが見えるでしょ。12球団の中でも結構広い方かな。ちなみに選手によって座る場所がだいたい決まっています。


俺はど真ん中の1番前です。理由は、後ろの方にすると、隠れてアイスやお菓子を食べ始めるからだそうです。ひどい話ですね。ちなみに隣は柴ちゃんと桃ちゃん。そのさらに隣が、阿久津さんとシェパードです」



「へー!!」




「そんで、ベンチの裏にはウォーミングアップルームがあって、軽くダッシュしたり、キャッチボールしたり、代打で出る選手が素振りしたり出来る場所になってます。


試合中はよくこの辺りで広報の宮森ちゃんが忙しく走り回ってるよ」



「「へー!!」」


3人娘達は、普段は入ることの出来ないスタジアムの中の施設を、目をキラキラさせて見渡している。


特にみのりんは、小説のネタになるかもと、鼻息を荒くして必死にメモしている。


そんな俺達の様子に、宮森ちゃんが気づいて寄ってきた。



「あっ、皆さん! ようこそおいで下さいましたー!」






「どうです? ビクトリーズスタジアムの中は。とてもきれいでしょう?」


「うん。ありがとう。確かにさすがは新しいスタジアム。感動した」


「結構すごい設備よね。前に見た、2軍の練習場とは大違いだわ」


「こんなところで働いているなんて、うらやましいです。ありがとうございます。宮森センパイ!」


ポニテちゃんが俺のレプリカユニフォームの中をぶるんとさせながら、宮森パイセンにお辞儀をした。


なんだか興奮してくるぜ。



「新井さんのお友達ですからね。特別ですよ? ……あ、もう行かないと。私これから、抽選に当たった招待者の方を迎えに行きますので。ゆっくり楽しんでいって下さいね」


宮森ちゃんは、紐がついた首から下げるタイプのネームホルダーの束をたくさん握って、他のスタッフと一緒にスタジアムの外へと向かっていった。



「それじゃあ俺達は一足先にグラウンドに出て、4人キャッチボールしよっか? 」



「そうね!やりましょ!」


「なんだかワクワクしますね!」



ギャル美とポニテちゃんは早速真っピンクのグローブを取り出してやる気満々。


しかし、みのりんはどこか浮かない様子だった。






「あれ? 山吹さん、どうしたの? 具合悪い?」


俺は少し腰を落として彼女の目線に合わせる。


「ううん。そうじゃなくて……。まだたくさんお客さんがスタンドにいるよね。……ちょっと緊張しちゃって……」


ああ、そういうこと。確かに緊張するか。


試合が終わったグラウンドで、下手な女の子達がキャッチボールし始めたら、なんだあいつらみたいになるもんね。


でも、安心してみのりん。観客のおじさん達は、動く度に揺れるポニテちゃんの胸元に釘付けで、みのりんの平たいやつには全然興味ないから。



とは言えないので、俺は彼女の右手を優しく握った。



「小説家志望の人が何をビビっちゃってんの。試合後のスタジアムに入ってキャッチボールするなんて、めったに出来ない経験じゃないか。打率4割の俺が側にいるんだから大丈夫、大丈夫。ほら、行こう」



「………新井くん。……ありがとう」



「なあに。いいってことよ」



みのりんはまたニコッと微笑んで彼女も俺の手をぎゅっと握り返す。


そうして並んで入って目に映ったグラウンドの景色は、なんだかいつもより眩しく見えた気がした。



そんな景色の中で、1塁ベンチの横辺りで、3人娘と楽しくキャッチボール。3人共お揃いのピンク色のグローブを着けて、代わる代わる俺が優しく投げたボールをキャッチして、一生懸命に投げ返す。


その姿を見ているとなんだか少し誇らしい気持ちになり、彼女に応援し続けてもらえるように頑張ろう。


そんな感情がさらにどんどんと芽生えてきた。


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