萩山監督憤る

審判が力いっぱいに2度、セーフのジェスチャーをして、それを見た打者走者と1塁ベースコーチおじさんがガッツポーズ。


さっとボール回ししようとボールを投げ掛けたシェパードが判定を聞いて審判の方を振り返り、激しい口調で詰め寄っている。


しかし、1塁塁審は門前払いするように首を何度も横に振って元の位置に戻ろうとしている。


ダメよ、シェパードちゃん。イタリア語じゃ伝わらないわよ。せめて英語でいかないと。下手に言葉が通じたら退場になってしまうけれどもさ。



その様子を見たセカンドの守谷ちゃんが慌てて2人の間に入った。



「今、放送ではリプレイが出ていますが……きわどいタイミングですね」


「バッターがヘッドスライディングしましたのでね、ベースにタッチしたタイミングが分かりにくいですね。………まあ、正直アウトともセーフとも取れますね。ショートの赤月がいいプレーしましたのでね。


まあ、打球が鈍くて、いっぱいいっぱいのプレーでしたから、ビクトリーズ側としては、アウトにして欲しかったでしょうね」



「ビクトリーズのファースト、シェパードがちょっと熱くなりましたが、チームメイトに宥められて渋々守備位置に戻ります。ノーアウトランナー1塁で試合再開です」





ノーアウトランナー1塁。同点の8回ウラ。


出してはいけない先頭打者を出してしまい、なんだかイヤーンな感じ。


ちょっと1塁が微妙な判定だったし。


しかし、最近調子のいいロンパオは動揺することなく、1塁ランナーに素早い牽制を投じながら、落ち着いた投球。




「ボール!!」



バントの構えから、バッターがバットを引く低めのボールが外れて1ボール。



バッターが3塁コーチからの長いサインを確認して、またバントの構え。


それを見たキャッチャーの鶴石さんも長めのサインを出して、ロンパオがそれに頷く。


セットポジションから第2球。外から入ってくるドロップボールだ。


アウトコースの真ん中で鶴石さんが捕球する。


ナイスコントロールだ。



「ボール!!」




え!?



球審様の判定にビクトリーズ側が思わずえ!? というリアクション。


今のがボール? 守っている野手も、ベンチも、もちろんバッテリーも。


今のがボールですか? という心境になった。見逃したバッターも、今のがボールなの? という反応をしたくらいだ。


キャッチャーの鶴石さんが、ボールをロンパオに返した後、球審様に何か訊ねている様子。すぐに腰を下ろしたが……。



落差があるボールだったとはいえ、捕球した高さはベルトのちょい下。少し高かったという判定だったのだろうが。





「3球目、バントしました! 1塁線切れてファウルになります」


3球目のストレートを相手打者がバント。


小フライ気味の打球がファウルゾーンに転がる。


それを見ただけでも、ロンパオのボールに気迫が込もっているのがよく分かる。



バッターはバットの当たった部分を手ではたくようにしながら悔しがる。



絶対に勝ち越し点はやらない! そんな雰囲気がロンパオの丸い背中からひしひしと伝わってくる。


その気迫に、やりずらそうにしていたバッターが4球目のボールをバント。


ストレートの球威に押され、打球がロンパオの前に転がる。


マウンドを勢いよく駆け下りるロンパオ。鶴石さんが2塁を指差す。


ロンパオは打球を拾うと、体型には似つかわしくないなかなか俊敏な動きで、2塁へと送球。


糸を引いたような送球が2塁ベースへ。ランナーが滑り込む。2塁ベースカバーに入った赤ちゃんがその送球をキャッチ。



間一髪だが、ナイス!



「セーフ!!」




は?




赤ちゃんがキャッチしたままの体勢で1塁へ転送。


しかし、こちらも間に合わない。




てか、2塁がセーフ!?



うちのベンチから、萩山監督が飛び出してきた。



セーフ判定に、宮城スタジアムはわあっと盛り上がり、そんな中、ベンチからうちの監督が2塁塁審のところまでダッシュする。





「ちょっとおかしいだろ! なんで今のがセーフなんだよ!」


みたいなことを言っていると思う。


だいぶ激しい口調で審判に詰め寄っている様子だが、さすがにレフトまでは聞こえてこない。


しかし、監督がグラウンドに出てきて抗議するなんて、こんなの初めてだ。普段は寡黙で温厚な監督だが、珍しく顔を真っ赤にしている。グラウンドの真ん中で。



確かにおかしな判定が続いていて、グラウンドにいるナインのストレスもなかなかのものだからね。


ショートの赤ちゃんも同じように監督の側に並んで抗議している感じだが、2塁塁審は首を横に振るばかり。


2、3分そんな時間が続いたが、判定が覆ることはなく、レッドイーグルスファンの早くしろ! というブーイングを浴びながら、監督は仕方なくベンチへ下がっていく。



判定は覆りませんからね。


抗議している間、言葉がちゃんと通じているのか怪しいが、鶴石さんがロンパオと何かを話していた。


監督がベンチに入ると、鶴石さんもマウンドから駆け足でホームベースに戻り、マスクを被る。


打席に代打の左バッターが入り、試合が再開される。


その左バッターも、率は良くないし、長打があるわけでもない、足は速いバッター。


またバントしてくるんじゃないの?






「ピッチャーロンパオ。第1球を投げました! ……セーフティバントだー!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る