頼りになるベテランキャッチャー

ロンパオのちょいとぷにぷにしたお腹、ムチムチした左腕から放たれた、アウトコース高めのストレート。


それを左バッターが1塁に駆け出しながら、バントでコツン。


そのボールがポーンと、バックネットの方向へと上がる。


「キャッチ!!」


思わず俺はそう声を発してしまった。


鶴石さんが素早く立ち上がり、マスクを外しながら、くるりと振り返る。


球審様と軽く衝突しながら、1歩2歩3歩4歩と低い体勢のまま走り出し、5歩目でボールに向かってダイビング。


ゴロゴロゴロと人工芝の上を転がりながら、掲げた青色のキャッチャーミットにボールが収まっていた。



それを見た球審様が力強く右の拳を握る。



スタンドのレッドイーグルスファンからのため息。


全体の2割ほどな少数のビクトリーズファンから大拍手が送られる。



すごい反応とすごいダッシュ。何よりすごい球際の強さ。こちらとしては2つの不可解な判定により溜まったモヤモヤしたムードを一気に振り払う、ベテランキャッチャーのダイビングキャッチ。



マウンドを降りたところでロンパオが激しく右手のグラブを何度も叩くようにしながら鶴石さんに拍手を送っている。



ベンチの首脳陣や控える選手達も同じ。



チームとピッチャーのロンパオを救うスーパーキャッチに皆が勇気づけられた。





鶴石さんがメットを拾いながら、球審にボールの交換を要求する。


球審はグラウンドを見渡しながらタイムを掛け、鶴石さんがキャッチしたボールをポイっとボールボーイに転がしたを見た。


鶴石さんは受け取った新しいボールロンパオに投げ渡し、指を1本立てて、1アウト1アウトと、内野陣1人1人と確認する。


そんな女房役のプレーに、ロンパオが燃えないはずがない。


迎えた4番。パワーヒッター、チャンスにも強い助っ人マン右バッター。


左対右でも今のロンパオには関係なし。



アウトコースのストレートと低めのドロップでファウルを2つ打たせると、1球高めに速い球を見せて、最後は決め球のドロップではなく、アウトコース低め、130キロのチェンジアップ。


裏をかかれたバッターはそれを見逃し、振り返ると、球審の決めポーズが炸裂。


これで2アウト。




続く5番打者も外国人。メキシコ出身の大柄な右バッター。ロンパオの対戦成績は4打数2安打と決して相性のいいバッターではなかったが、今のロンパオは一味違う。


変化球3つで1ボール2ストライクとすると、4球目インコース高め。自己最速となる149キロのストレートで空振り三振。


マウンド上でロンパオは雄叫び一閃。


ノーアウト1、2塁のピンチを見事0で凌ぎ切り、興奮冷めやらぬ様子でベンチに戻った。





「アライサン、カッタラギュウタンイコ!」


ピッチングコーチにお役後免を告げられたロンパオは、ドリンクをごくごくと飲みながら俺にそう言った。



勝って外出したら、牛タンを食いたくて頑張ってたのね。食いしん坊のロンパオらしいけど。


「ああ、勝ったらね」


とか言ってる間に、うちの4番5番が凡退してしまってあっという間に2アウト。


しかし、6番の桃ちゃんが右中間を破る2ベースで出塁。


2アウト2塁として、打席には鶴石さんが入った。




「バッターボックスには、7番キャッチャーの鶴石です。鶴石は、後半戦の打率が1割台と苦しんでいます。先ほどは守備でいいプレーがありましたので、この打席は期待したいところですが……」



「当たりが出ていないといってもね、同じく調子の悪かった新井が今日猛打賞ですからね。負けてられるかと思っていますよ」



ベンチ前の柵に身を乗り出すようにして、グラウンドを見つめる。


「鶴石さーん、頼みますよー!」


「鶴さん、1本いきましょう、1本!!」


俺の右に柴ちゃん。左に赤ちゃん。べったりくっつくようにして俺と同じように声を出す。



ただでさえ暑いんだから、くっつないで欲しいわよね。


汗だくの男が3人くっつくように並んだりして。


気持ち悪いし。





バッターボックスで、静かにバットを構えるようにして、ボールを待つ鶴石さん。


現在の打率は2割2分だが、ホームランはここまで6本。打点も35と。当たればスタンドに運べるパワーと、勝負強い打撃は持ち合わせているバッター。


ここのところあまりヒットは出ていないが、ところどころでフォアボールを選んだり、犠牲フライを打ったりと、きっちりと最低限のバッティングは出来ている。


あとは、復調を気配させるような。自ら波に乗れるような1本を放てればというところ。


しかし、カウントは1ボール2ストライクと追い込まれた4球目。


アウトコースのストレートを鶴石さんは強く打ち返した。打球はショートの左へ。


低く地を這うような強い打球。センター前に抜けるコースか!


と思ったら、ショートのポジショニングがよくその打球に追い付く。


しかし、その打球をグラブの土手で高く弾いた。


うおっ!


と思ったら、素手で反応よく掴み直し、1塁へ送球。


今度はその打球がショートバウンド。


やたっ!


と思ったら、ファーストが上手くその送球を掬い上げた。


と思ったら、掬い上げたミットの振りで、ボールが先っちょからポロンとこぼれる。


はうあっ! 1塁セーフだ!


と思った次の瞬間には、2塁ランナーの桃ちゃんが3塁を蹴ってホームに突っ込む。


これは生還出来る!


と思ったら、すぐに近くにいたセカンドがそのボールをカバー。素早く拾い直してバックホーム!


うわあっ! ダメだ!アウトになる!


と思ったら、送球が高く、キャッチャーはジャンプ。


その足元を桃ちゃんが滑り抜けた。

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