不調に陥った新井さん3

「3回表、北関東ビクトリーズの攻撃は、2番、レフト、新井」



翌日。横浜との3連戦の2戦目。


前日夜の考察により、俺は相手にインコース攻めを徹底されているんじゃないかと勘ぐり始めたわけだが。


1打席目は初球送りバントだったのであれだったけど、このランナーのいない先頭打者として迎える2打席目は重要だぞ。



打席でバットを構えただけで、見たわけではないがなんとなくキャッチャーが内側に構えた気がする。



振りかぶったピッチャーが踏み込んでボールを投げる。



バシィ!



「ストラーイク!」



やはりインコース。ベルトの高さのストレートだ。捕球したキャッチャーがうんうんと頷く。




2球目。



同じ高さから、少し沈む球。ツーシーム系かスプリットか、ちょっと分からなかったがまたインコース。



「ストラーイク!」



ストライクを取られてしまった。低めに沈んだ分ボールじゃないのぉ? と、心の中で訴える俺。



3球目。




………あぶなっ!



胸元に少し抜け気味の速い球。のけ反るように見逃して1ボール2ストライク。




4球目。



1球外に釣り球がくるかな? と思ったが、またインコース。初球と同じ高めの速い球だった。



ファウルにしようとしたが、差し込まれてどん詰まり。


ピッチャーの目の前に落ちるボトボトした打球になってしまった。バッターとして完全敗北だ。




バットは折れなかったけど、手がめっちゃ痛いし。ピーゴロだし、正直1塁まで走る気がなくなるやつ。そのぐらいの打ち取られ方。





「ドンマイ、ドンマイ。内側ばっかりだったな!」


「次は打ちましょう」


2打席目が残念がっかりのピーゴロに終わり、とぼとぼとベンチに戻る。


チームメイト達に励まされながら戻ってきた俺のところに打撃コーチとスコアラーがやってきた。


「ちょっと新井、裏にこい」



「はい」



2人に着いていく俺。


そのベンチ裏で気合いが足らん! と、ボコボコにされるかと思いきや、スコアラーが手にしていた最新モデルのタブレットを開いた。


「今の打席だけでも分かると思うが、お前はインコースの速い球で徹底的に攻められている」



壁に寄りかかりながら、打撃コーチはそう言った。



「これを見ろ。お前の今シーズンのコース別の打率、ホットゾーンだ」



隣に立つスコアラーが開いたタブレット。その画面には、ストライクゾーンを9分割して、それぞれの打率を参照して、赤と青に色分けされていた。



「赤がお前の得意なコース、青がお前の苦手なコースだ。どうだ? こうやって見ると、一目瞭然だろ」


俺のホットゾーン。赤くなっているのはアウトコースの真ん中と低め。青くなっているのは、インコースの真ん中と高め。


外の遠いところの打率はなんと5割を越えているが、内側の近いところは、打率が2割ちょいしかない。


実に分かりやすいデータだ。







アウトコースが得意でインコースは苦手。


それは当たり前だ。俺にはパワーがない。インコースを持っていく力、それを弾き返すパワーがないんだから。


だから真ん中から外のボールをなんとか右方向に打ち返してヒットを稼いでいるのだから。


そういうバッティングしか出来ないのだから、相手にバッテリーもインコースを攻める。当然と言えば当然のデータである。


「もう1つ違うデータがある。球種と球速別の打率についてだ。お前は、真っ直ぐと変化球でも、全然打率が違う。真っ直ぐの打率は2割6分。変化球の打率は4割5分以上だ。


さらに、変化球でも遅ければ遅い球ほどお前の打率は高い。逆に、145キロ以上のボールになるとガクッと打率が落ちてしまう」



そりゃあ、速いボールを打ち返すパワーがありませんもの。しっかり球筋を見てスイング出来る変化球の方がだいぶ打ちやすい。


むしろ、速いストレートの打ち方を教えて下さい。



「前カードの埼玉からそうだったが、今日の横浜も、これから当たる球団はみんなこのくらいのデータは持っているだろう。


これからは、内側に厳しく速いボールがどんどん投げ込まれる。それをどうにかしなければ、この先の未来はないぞ」



打撃コーチは厳しい口調で、俺をそう叱咤した。



そんなコーチに聞いてみる。



「じゃあ、これから俺はどういうバッティングをすれば?」











「……とにかく頑張れ」











それだけ?







「コーチ! なんかいいアドバイス下さいよ! 」


「お前に教えることは………今のところねえよ」


「そんなぁ! それでも打撃コーチですか! 俺がこのまま打てなくて、チーム打率がこれ以上下がったら……。あなた2軍の打撃コーチに配置転換か、クビですよ!」、


「そんなこと俺も分かってんだよ!とにかくな、お前のその流し打ちと選球眼は、誰かに教わったものかよ」



打撃コーチは、若干キレながらも、俺にそう訊ねてきた。



少し考えてみたが、確かに誰かに教わって会得したものではないのかもしれない。



俺はコーチの言葉を否定した。



「そうだろ。お前のそれはお前自身が血の滲むような努力をしてものにした、プロで生き残るための唯一の道だろうが。


今すぐお前にインコースの捌き方を伝えるのは簡単だ。お前のセンスなら、少しの時間で多少のコツは掴めるかもしれない。それで明日明後日のヒットを何本か稼げるかもしれない。


だがな、そのせいでお前のいい部分がなくなる方がよっぽど俺は怖い。


チームが打てない責任は取れるが、今のお前がもっとダメになった時の責任は取れねえ。いいバッターつうのは、常に自分の強みを生かして相手に対して常に優位な状況を作りながら勝負出来るバッターだ。


お前はもしかしたら、そういうレベルのバッターになれるかもしれねえんだからな」




打撃コーチがちょいデレた。




気持ち悪いです。

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