不調に陥った新井さん2

「えー! 新井さん、外出しないんですかー! 明日もナイトゲームで時間ありますよー?」


「ああ、わりいな。ちょっと疲れちまって。部屋でゆっくりしてるわ」


脱いだユニフォームを持って私服に着替えた柴ちゃんが、パンツ一丁でベッドに横になる俺を見て不満そうにした。


「せっかく今日は、外野陣みんなで飲むつもりだったのに……」


「俺はいいから、みんなで楽しんでこいよ門限は2時だからな。遅れんなよ。俺1人だけで外野守るのは無理だからよ」


「そうすか……」



5連勝した今日は、浮かれてもコーチ陣達からお咎めないくらいの出来だったが、スタメンでは俺だけ全然打てていないのは柴ちゃんも、もちろん分かっているだろう。


そんな俺を励ます意味も込めて、控えの選手も含めて外野手だけで飯に行こうと、他のやつらに声を掛けていたのだろう。


「おーい、しばー!新井さーん! はよいこー!川田さんも下で待ってるよー」


開けっ放しのドアの向こうから、ライトを守っている桃ちゃんの声が聞こえた。


「はーい!じゃあ、行ってきますね。帰りにアイスかなんか買ってきましょうか?」



「ああ、そうだね。よろしくー」



柴ちゃんが部屋から出ていき、バタリとドアが閉められ、静かになった。


「はあー………」


俺はため息をつきながら、またゴロンとベッドで横になった。






ぐー………。





ヒットは出なくても、やっぱり変わらず腹は減るなあ。








以前は、遠征先のホテルに行って、ビュッフェだの、バイキングだのという瞬間になったら、本能に赴くまま。


ステーキやハンバーグやローストビーフやなんやらと、とにかく肉料理目掛けて特攻して、ジュースもガバガバ飲んで、デザートのケーキもバクバク食べていたものだ。


1番大きいプレートを料理で山盛りにして。ご飯やチャーハンなどもこれでもかとてんこ盛りにして。


最後は案の定、お腹いっぱいになって、いやいやコーンスープで無理やり流し込むような食べ方をしていたのだが。


最近は、広報の宮森ちゃんに、口うるさく指摘され続けていたので、若干Mっ気のある俺はすっかり気持ちよく調教されてしまっていた。



おかずは、お肉は脂身が少ない鶏のむね肉などをきちんと選んで、魚や野菜を中心にバランスよく。


海藻類や豆類、きのこ類などで脇を固めつつ、緑黄色を意識して彩りよく。


ご飯はあれば、雑穀米や麦ご飯などをお茶碗で大盛1杯分くらいに控えて。


デザートもケーキやミニクレープとか頬張りたい気持ちを押さえて、オレンジやグレープフルーツなど選ぶことも多くなった。



無論、ドリンクも炭酸飲料やジュースの類いはもっての他。麦茶やウーロン茶などを選び、糖質の摂りすぎにも注意を払えるようになったのだ。




そんな感じで誘惑に負けずに、一通り料理を取り終わって、2人がけの小さなテーブルに着く。


辺りを見渡してみると、一般のホテル客などで賑わっているが、うちのチームメイト達は全然見当たらない。


遠くの方のテーブルで、阿久津さんと鶴石さん、そして奥田さんという、もはや横浜など遊び尽くしただろう、ベテラントリオが楽しげに話しながら食事を取っているだけ。


シェパードとロンパオも助っ人コンビですら、それぞれ横浜の夜の街に繰り出しているようだ。


シェパードなんか、海外単身赴任とはいえ、億越えの年俸をもらっているから、お金は持っているだろうし。


ロンパオも1軍最低保障の関係で4月の頃に比べて月給が跳ね上がっているだろうし。2人とも日本来たばかりだから、どんなものかと親しい球団スタッフを連れて出かけているのだろう。



ロンパオなんか丸い顔をピカピカにしながら、中華街の高級な店で食い漁っているだろうね。



あとはまたちょっと離れたところに、監督の姿は見えないが、コーチ陣とトレーナーがいて、また別のテーブルに、広報の宮森ちゃんやマネージャーなど、遠征付きの球団スタッフチームの4人ほどがいるくらいだ。



そんな感じな周りの状況の中、特別誰かに気づかれることもなく、今日の反省をしながら1人、バランスのいい食事の時間をゆっくりと過ごした。






とはいえ、夜0時過ぎになる時間だが、寝るには少し早い。


かといって、部屋に戻ってもテレビを見るかケータイをいじるかくらいしかないので。


まだ柴ちゃんは帰ってこないだろうし、ここは1つ、デリヘルでも呼んで弾道を上げたろ!


とも思ったが、きっと途中でみのりんの顔が頭に浮かんでプレイを十分に楽しめないだろうから、それも止めた。


そういえば、俺は野球選手だったので、前にも行ったことのある、ホテルすぐ側にある公園で素振りでもすることにした。



部屋に戻って、持ってきていたマスコットバットを手にして、ホテルを出る。



もう夜中になるのに、暑い。25度あるかないかの熱帯夜だ。


半袖とハーフパンツ姿なのに、少し歩いただけで、汗をじんわりとかいてしまう。


それでも、公園に着いてバットを手にして目を瞑れば、今日の凡退した打席がまだ鮮明に思い浮かぶ。



第1打席目は、インコースのストレートに詰まらされてショートフライ。


2打席目は、インコースの速いボールを見せられた後に同じコースの変化球を引っ掛けてサードゴロ。


3打席目は、アウトコースのボール球に手を出してカウントを稼がれて、最後は内側のチェンジアップを打ち上げてセンターフライ。



4打席目は、やや真ん中よりのインコースのボールを力んで打ち損じたセカンドゴロ。




………あら? 俺って最近、インコースばっかり攻められてる?


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