運が向いてきたビクトリーズ2

翌々日。



埼玉ブルーライトレオンズとの3連戦の3戦目。


この日は締まった試合展開となり、7回まで互いに0が並ぶ投手戦となった。



うちの先発は、若手右腕の千林。埼玉ブルーライトレオンズの先発は以前、うち相手にノーヒットノーラン未遂をした、エース左腕の桜池。



両投手ともに1歩も引かない、気温30度越える、宇都宮の炎天下での魂のぶつかり合うそんな投げ合いになった。



千林君は、一昨日好投して勝ち投手になった同い年の小野里君に刺激を受けたのか、2軍から上がってきて、いきなりの先発マウンドだったが、見事なピッチング。


7回まで与四死球5と、そんなコントロールのアバウトさが逆に埼玉打線に的を絞らせず、なんと打たれたヒットは僅かに1本だけ。


捉えられた当たりが少なくとも4、5本は野手の正面に飛ぶラッキーがあるとはいえ、リーグ随一の破壊力を持つ埼玉打線に物怖じしない堂々たるピッチングだ。


そして回は7回ウラ。2アウトになり、バッター俺。



フルカウントから、アウトコース低めの際どいストレート。


俺はそのボールを見送った。きっちり見極めたように見送った。




「………ボール!!」




よしっ。あぶねー。



キャッチャーが捕球して、球審がコールするまでに変な間があったからちょっとビビってしまった。





「え? 今のボールすか!?」


まさかのボール判定だったようで、キャッチした瞬間、ベンチへ帰りかけたキャッチャーが球審に向かって振り返る。


「ギリギリ外に外れているね」


球審はキャッチャーにそうに言って、右手に持つカウンターを元に戻した。



正直、ストライクともボールとも取れる、そのくらい際どいコースと低さだった。


今日1試合だけで言えば、どちらかといえば7対3でボール寄りにこの球審は取っていたかなあという印象なので、フルカウントだったからストライクでもいいじゃないのというキャッチャーの気持ちも分かる。



俺からしてみれば、ストライク!バッターアウト!と言われても、それはそれで、仕方ない、仕方ない。


で済ますつもりだったので、フォアボールとなって、まあオッケーって感じ。打てるボールが全然来ないんだから。


今日はそのくらい相手ピッチャーの出来がすこぶる良いのだ。



今の俺ではなかなか打てん。後ろの阿久津さんや赤ちゃんに任せようと、そんな考えがあっての打席だったのだ。



もったいぶるようにゆっくりと1塁ベースに到着し、打席には3番の阿久津さんが入る。



しかし、今日の阿久津さんは、この桜池に対してノーヒット2三振。


タイミングが合っているとは言えない。



それでも、それをなんとかするのが中軸打者であり、キャプテンであり、ベテランであるわけで。


その状況を少しでも有利にするために、俺が盗塁でも出来ればいいのだが、ベンチからはいちいち絶対走るなとサインが出る。


マウンドにいる桜池が1球投げ2球投げして、1ボール1ストライクとなったところでベンチからのサインが変わった。


伸るか反るかのエンドランが発令されたのだ。





3塁コーチおじさんからエンドランのサインが伝えられた瞬間、胸がドクン高鳴った。


それと同時に、よっしゃ! やってやる! という気持ちにもなり、ドキドキしながら何もサインは出ていませんよ顔でリードを取る。


セットポジションに入る左ピッチャー。1塁ランナーの俺をじっと見ながらグラブを胸の高さで止めて、1秒……2秒。



すると、すっと左足をプレートの外に出して、一旦セットポジションを外し、周りを見渡した。



やばい、こちらの作戦を勘ぐられたか?


そう思いながら、とりあえず1塁ベースに戻った俺。


相手ピッチャーは、帽子を外して、額の汗を拭い、ロジンバックを持つ。


声掛けをしてきた内野手に、頷きながら、またプレートに足をつけて、キャッチャーのサインを確認する。


相手に変な動きはない。大丈夫そうだ。



両塁コーチおじさんからも、サイン解除の合図は出ていないので、セットポジションに入ったピッチャーを見て、俺はまたリードを取る。



1歩2歩、3歩4歩。


マウンドを睨み付けながら、姿勢を低くし、ブランと下げた右手を少し揺らしながら、こっちを見るピッチャーとの間合いを計る。



そして、長めのセットポジションから、ピッチャーの右足がガッと上がった瞬間、俺は思い切りよく2塁へスタートを切った。





よし! エンドランとはいえ、悪くないスタートだ。俺はそう思いながら2塁に向かって走り出し、阿久津さんがスイングするその一瞬だけホームベースをちらっと見る。



カンッ!



アウトコースのボールを阿久津さんが若干腰砕けになりながら、無理やり右方向へおっつけていた。


その打球がちょうど俺の頭上をヒュンッと越えていく。



ナイス! セカンドの頭の上を越し、右中間に落ちるナイスヒット。


俺が確認出来たのはそれだけ、後はもう無我夢中。どこまで行けるか。


2塁を蹴って、3塁へ。右中間のヒットですから、余裕のよっちゃんで3塁到達ですが……。



3塁コーチのおじさんがまた、すごく面白い顔をしながら、腕が外れんばかりの勢いでぐるんぐるんこれでもかと、ホームに突っ込めと勢いよく右腕を回している。


それを見て俺は3塁も蹴る。


見えるのは、ボールを待つキャッチャーだけ。


この時ばかりは、世界最速のスプリンターにジョブチェンジさせてくれ!


と、そんな思いで歯を食いしばって俺は走る。



全力疾走しながら、ホームベースの白い角が一瞬だけ見えた。


ヘッドスライディングではなく、ここは足から。



キャッチャーのタッチを掻い潜るように、体は逃がしながら、左手をいっぱいに伸ばして、俺はホームベースを滑り抜けた。






「………セーフ、セーフ、セーフ!!」

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