新井さん、生還する。
よっしゃあ! 見たか、野郎共!!
球審の手が何度も横に大きく広がり、俺はベンチに向かってガッツポーズしながら立ち上がる。
「さっすが、新井さーん!」
次打者の赤ちゃんが俺の可愛いおケツに逞しい腕を回して俺の体を軽々と持ち上げる。
「アラサン! アラサン!」
「アラサンじゃなくて、新井さん!」
その後、いつまで立っても俺の名前を覚えてくれないイタリア人と腕をぶつけあい、ベンチに飛び込むようにして戻る。
「ナイスラン、新井さん!」
「新井さん、ナーイス!」
「おかえりー、新井さん」
「すごーい! 超、俊足!!」
浜出君や川田。今日はまだ出番のない控えメンバーが自分のことのように喜びながら、俺に手を差し出す。
俺はもっと色んな人に誉めて欲しいので、ベンチにも走り込む。
スコアラー、トレーナー、バッティングピッチャーのおじさん。食堂のおばちゃん。背広着た球団の偉い人。知らん記者。
もう誰でもいいから、1人でも多くの人に頑張ったねって褒めてもらいたい気分。許されるのならば、ロッカールームに駆け込んでスマホをピコピコいじって電話して、みのりんにもいーこ、いーことやってもらいたいくらいなのだ。
しかし、後半の人達はヘルメットかぶったままの俺の姿に………お、おう。みたいなリアクションだった。そのおかげで多少目が覚めた気がしたわけでもあるが。
それでもそんなことお構い無しに、なんとかテンションを保ちつつ、無理やりハイタッチさせて満足した俺がベンチに戻ると、またスタジアムが大歓迎に包まれていた。
4番赤ちゃんの打球がライトフェンス直撃していたのだった。見逃してしまっのだが、ロマン砲と言われる彼らしい、ものすごい当たりだったみたい。
スタンディングでナイスツーベース。
2塁から阿久津さんが拍手をしながらホームインし、さらにビクトリーズは1点をあげた。
そして最後はうちのクローザーが登場する展開。
「9回ウラ、2点リードですが、2アウトランナー2,3塁。マウンド上のビクトリーズクローザーの岸田、第5球を投げました! 外れましたボール! これでフルカウントになります」
キッシー大丈夫?
頑張って!! 絶対抑えて!
最終回。2点リードながら、1打同点のピンチになってしまった。
俺はレフトからいつものようにお祈りを捧げながら、なんとかなりますようにと。
そしてレフトに変な難しい打球が飛んできませんようにと、天に向かって祈りを捧げるしか今の俺に出来ることはない。
キャッチャーの鶴石さんが低めに低めにと。
リラックス、リラックスとジェスチャーでキッシーとコミュニケーションを取りながら、ゆっくりとサインを出す。
頷くキッシー。
3塁ランナーの方を見ながらセットポジションに入り、クッとホームに視線をずらして、投球動作に入った。
右バッターに対してのハイブリッド投法は、球の出どころが見えなくなりつつ外に逃げるスライダーを生かすためのサイドスロー。
真横から振れた右腕から、右バッターの1番遠いところ。
アウトコース低めに速い球がいった。
カアンッ!
バッターがそれを狙い済ましたかのように、タイミングバッチリで見事にミートして打ち返した。
打球がセカンドの守谷ちゃんの頭上を遥かに越えて右中間へグイーンと飛んでいく。
あかん。
ヒットになってしまう。
もう見ていられなくて、もっと言えば俺の方に飛んでこなくて本当によかったと安堵しながら、グラブで顔を覆う。
センターの柴ちゃん。
ライトの桃ちゃんが打球を追う。
思ったより案外伸びた打球に柴ちゃんが右腕を伸ばしながら飛び込む。ギリギリまで体勢を低くしながら足を動かし、もうこれより後のタイミングがないというところで滑り込んだのだ。
打球がグラウンドに着く本当にスレスレ。
目一杯伸ばした柴ちゃんの右腕のグラブの先。そこに打球が入ったように見え、回転レシーブのように柴ちゃんがぐるんと1回転して勢いを殺しながら滑り込む形になった。
その柴ちゃんが右手にはめたグラブを掲げる。
その中にはしっかりと白球が包み込まれていた。
「アウト!」
それを見た2塁塁審がぐっと右手の拳を高く上げた。
その瞬間、スタンドが沸騰したように、わあーっと総立ちになり観客達は狂喜乱舞。
柴ちゃんは苦笑いしながら、へたり込むようにして、グラブの中のボールを見つめる。
カバーに走っていたライトの桃ちゃんがその後ろで両手を上げて、飛びはねながら、ライトスタンドのファンと一緒に喜び、地面に膝を着く柴ちゃんに後ろから抱きついている構図が印象的だった。
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