ファンにもお節介を焼く新井さん

「じゃー、みんな頑張ってねー」



「「ありがとうございましたー!!」」



そろそろノックを始めるということで、俺は邪魔にならないようにグラウンドから退散することにした。



「新井さんも頑張って下さーい! ビクトリーズが負けると、うちの父の機嫌が悪くなるのでー」



「あはは! 頑張りまーす」




照明の明るいグラウンドから、街灯がポツポツとあるだけのランニングコースに戻り、またゆっくりと走り出す。



ふと上を見上げると、今日は月が煌々と白く浮かび上がっており、いつの間にか星が夜空いっぱいにキラキラと輝いている。




俺のファンや周りの人間から見たら、少しくらいは俺もそんな風に見えていたりするのだろうか。



そう考えると、ふと不安になったりもする。



1軍に上がってから今までは、なんとか上手く結果を残して試合に使ってもらっているけど、明日になったらヒットを打てなくなるんじゃないかとか。



明日になったら、誰かにポジションを取られるんじゃないかとか。



明日になったら、ファンに取り囲まれておちおち外出も出来ないんじゃないかとか。



明日になったら、3人娘に愛の告白されてしまうんじゃないかとか。



明日になったら、みのりんが裸エプロンで俺に迫ってくるんじゃないかとか。





そんな不安にかられて仕方なくなる時があるんだ。






ふひひひひひ。






翌々日。


前の日に、球団マネージャーから電話がかかってきて、明日から1軍に来いコノヤロー! と、元気ですかー!などと、電話がかかってきたので、俺はちゃっちゃっと2軍ロッカーを片付けて、ビクトリーズスタジアムへとやってきた。


午後6時試合開始なので、そうは言ってもたっぷりと2度寝しまして、午後1時にビクトリーズスタジアムにドヤ顔で登場したわけ。


まだスタジアム周りは警備のおじさんが巡回しているだけで静か。


俺はとりあえず隣接するモールでおにぎりやらお惣菜やら買い込み、まずは昼飯にするため、スタジアム裏のクラブハウスにやってきたのだが。



そのモールのエントランスフロア近くにあるファンショップに何やら行列が出来ている。


遠目なのでよくは見えないが、30人かそのくらい。


そのくらいの人がファンショップの入り口前から列を作っているのだ。


確かファンショップは、午後2時からの開店のはずだが、どうしてこんなに早くファンとおぼしき人達は並んでいるのだろうか。



こんな暑いのに………。



何か限定グッズでも発売されるのだろうか。



日陰に並んでいるとはいえ、天野さんのお母さんみたいに熱中症になられても困る。



俺はクラブハウスの食堂で、麦茶が入った小さめのサーバーと紙コップをたくさん。


あと、その辺にあった塩アメをごっそり持って、ファンショップの方へと向かった。







「皆さーん! お暑い中、お疲れ様でございます。新井時人ですよ。スタジアムに来たばかりの新井時人でございますよ。1軍再昇格の新井でございますよー!」



そんなテンションでファンショップの前にやって来た俺を見た瞬間、行列を作っていたファン達はぎょっとして、驚いて、そして唖然とした。



ファンだったとしたら、俺も相当ビビるわ。



えー!? なんでー! きゃー!ちゅっ、ちゅっしちゃう!



という感情になるのも無理もない。それまでじっと大人しくしていたファン達は行列を保ったまま、ざわざわとし始める。



そんな中、俺はデッカイポットに入れて持ってきた麦茶を紙コップに注いで、先頭の人から配り始めた。


「とりあえず、こんな暑いんだから、飲んで、飲んで! ちょっとまだ薄めかもしれないけど、文句言わないで下さいねー」



俺から麦茶を受け取ったファンの皆様方は、周りの様子を伺いつつ、紙コップの縁を口まで持ってくる。



「あー、美味い!」



「冷たい!生き返るわー」



「新井さん、ありがとうございます。美味しいです」



「まだおかわりあるから、足りない人はどんどん飲んでね」



ファン達は多少まだ困惑しながらも、俺が渡した紙コップの麦茶をごくごくと一気に流し込む。



何人もの人がおかわりを懇願した。





「あ、あの!新井さん!サ、 サインをしていただけますか!?」



「いいよー。サラサラサラーッと」



意を決したようにして、列の後ろの方に並んでいた女の子。ビクトリーズオリジナルのピンクTシャツに、ビクトリーズキャップを着用したジーンズ姿の女の子。


と言っても、俺とあまり年齢は変わらなそうだ。



俺を目の前にいて、鼻息を荒くして、興奮が押さえきれないといった様子だ。



いいカモを見つけたぜ。





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