女子選手にもお節介を焼く新井さん2

鍋川さんは真上からの照明に照らされた俺の手。バットを振り込んだ跡を見て目を丸くした。



「うわ………。すごい………これ、全部バットを振って出来たんですか?」



鍋川さんは俺の汚い手を食い入るように見る。手を洗ってないから汚いとかではもちろんなく、出来ては潰れ。潰れては出来たものたち。


手の平の至るところにマメ、タコだらけ。指の付け根や指の腹辺りも、何かのサナギが入っているように見えるくらいにぶっくりと膨らんでいる。


血が滲み、1個痛くなくなったかと思えば、新しく別の2箇所痛くなるを繰り返していた俺の手の平。



1番ひどいのは、左手の小指の下辺り。普通ならば柔らかくふっくらとしているだろうが、俺だけではなく、バットを振る野球選手ならば、そこはデカイみみず腫のようなタコが出来ているはず。右打者は、グリップエンドにかかり、負担が1番掛かるそんな場所だ。



自分でも改めてびっくりするくらいに、バットを振り込んだ証が俺の手の平にはあった。



「君もこんな手の平になるくらいはまず、バットを振り込まないとな。女の子がアスリートとして成功しようと思ったら、何かを犠牲にする覚悟がないとね」



「………何かを犠牲にする覚悟ですか?」



「ああ。………ずっとやりたいでしょ?野球を。大好きだろ? 野球がさ」



「………は、はい」



女子プロ野球というものの環境というのは、決して恵まれているものではないかもしれない。


しかし、プロという肩書きがついている以上、決して自分1人だけの野球ではなくなる。


チームメイト、コーチ、監督、スタッフ、ファン、そして家族。


決して1人の力で出来るものではない。



だからこそ。だからこそ、楽しまなければいけないんだ。



プロとしてね。





「楽しむ。そうですよね。楽しまなきゃダメですよね! その気持ちを忘れかけてました、私」



「そうそう。きつい時ほど楽しむ気持ちを持たないと」



「肝に命じておきます」




「そういえば、この前の試合見に行ったんだけど、鍋川さんの打席が見れなくて………。目の前で知らんおばちゃんが熱中症で倒れちまってさー」



そんな話をかましつやると、鍋川さんはまた、はっと驚いた。


「え? やっばり、あれは新井さんが助けてくれたんですか!? 倒れてしまった方、天野さんのお母さんだったんです」



「天野さん? だあれ?」



「うちのチームの、キャプテンの天野さんです。キャッチャーの。天野さーん!!」



鍋川さんはダッシュでバットとヘルメットを置きにいくと、外野でフリーバッティングのボール拾いをしていた1番体格のいい子を呼びに行った。



そして、その外野の遠い位置で、鍋川さんが身ぶり手振りで一生懸命伝えると、その天野さんが外野からスーパーダッシュで俺のところまでやってきた。



「すみません!! 新井さん、本当にありがとうございました! うちの母を助けて頂いて………なんとお礼を言っていいか………」


息を切らしながら、帽子を取って、何度も何度も深々と頭を下げる。


俺はそんな天野キャプテンの姿を見て、少し恥ずかしくなりながら、にっこりと手を振る。



「ああ、いいの! いいの! 無事で何よりだよ。お母さんは元気にしてる?」




「ええ、おかげさまで」



「よかった、よかった。それにしても、天野さん。いいケツしてるね」



「ありがとうございます」



「え? 新井さん、急に何を言ってるんですか?セクハラですよ」




「いや、鍋川さん。スポーツ選手相手ならこれ以上ない誉め言葉だが」






おケツのデカさは野球選手のデカさみたいなものなのだが、女子プロ野球チーム、とちおとめガールズキャプテンでキャッチャーで4番も打つというこの天野さんはなかなかのいいガタイだし、どっしりとしたいいおケツをしている。



大きくでずんと重みがありそうでそれでいて丸い、まさにとちおとめのようないいおケツだ。



それなのに、鍋川さんは俺を睨み付けるような視線を送る。だから俺はさらに堂々とした態度で言いくるめる。



「鍋川さんも、これからいっぱいトレーニングして、いっぱいご飯食べて、デカイおケツにならないとね」



「は、はあ……」



キャプテンが横にいる手前、納得してないのか、なんとなく納得したことにしたのか微妙な表情をしながら、自分の小さいおケツを触る鍋川さん。



そうこうしている間に、バッティング練習は終了したようで、キャプテンの天野さんが他の選手達に声を掛ける。



「ゲージとボール下げたら、5分休んでノックやるよー」



「「はーい!!」」



ひいふうみぃ…………16、17、18……。



天野さんと鍋川さんを入れてちょうど20人か。


「とちおとめガールズは、これで全員?」



「ええ、20人です。全員ベンチ入りです」



「ふーん」






キャプテンの指示で、えっさほいさと、他にいる選手達が手分けしてバッティング練習で使用したゲージをしまったり、散らかったボールを集めてカゴに戻したりと迅速に動いて、軽く水分補給をしながらノックの準備を進める。



「新井さん」



「なに、天野さん」



「握手してもらってもいいですか?」



「ああ、もちろん」



俺は天野さんと握手をかわす。握っただけで分かる。


彼女の手は鍋川さんとは違って少しゴツゴツとしていて、手の平にはいくつかのマメやタコが出来ていた。


「新井さんも頑張って下さいね。そろそろ1軍に戻れるんですか?」


「ああ、明後日からね」


「よかったです。ビクトリーズは、やっぱり新井さんがいないといけませんから。応援してますよ。またあのきれいな流し打ちをかましちゃって下さい」



「サンキュー。とちおとめガールズも頑張れよ。とりあえず、お互いまずは最下位脱出だな」



「ですね」



俺と天野さんは互いに苦笑いをしながら、握手を終わりにした。


すると、別の手がすっと伸びてきて、俺の手を握る。



「はじめまして、新井さん」



ぎゅっ、ぎゅっと手を握られた。気付いたらノックに向かおうとしていた他の選手何人かが俺を取り囲んでいた。



「はじめまして」



「私も、私も!」



「ちょっと押さないでよ!」



「あたしも新井さんと握手したいです!」



「ああ、分かった、分かった。順番ね」



キャプテンが俺と打ち解ける様子を見ていたからだろうか。



気付けばそんな調子で、最終的にはとちおとめガールズのほとんどの選手が群がって、あれやこれやと1軍昇格を控える俺に激励の言葉を掛けてくれた。




汗だくの女の子に囲まれるなんて。






興奮するぜ。

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