女子選手にもお節介を焼く新井さん
まあ、とにかく何にしても、今の俺に出来ることは、少しでもいいコンディションで試合に臨めるように行動することだ。
前半戦の最終戦で逐ったケガのおかげで、10日ゆっくり体を休めつつも、またまだまだ足りない部分をトレーニングし直したり出来た。
その一環として、よし、明日からまた気合いを入れ直して頑張るぞ!という意気込みがあり、1軍での試合前に少し夜風を感じながら、外を走りたい気持ちになってきたのだ。
住んでいるマンションがある住宅街を出て、国道沿いを広い歩道をを走る。
ホームセンターやコンビニ、スーパー。カーショップや牛丼屋など。
そんな店がたまに見えるくらいの、田んぼと畑の方がよく目につく宇都宮郊外の国道。
2キロほど走ると、右手には中学校。左手には野球場とラグビー場がある総合運動公園。
俺はその運動公園にある自販機で、ドリンクでも買って少し休憩しようとしたら、すっかり暗くなった運動公園の中、きらびやかに灯されたナイター照明。
その光の空間にある簡素な野球場の方から威勢のいい声が響いていた。
しかも、ほとんどが女の子達の声。
フェンスからグラウンドを覗くと………これまたびっくり。ユニフォームを見てすぐに分かった。
女子プロ野球チームである、とちおとめガールズの選手達がナイター練習をしていたのだ。
おーい、とちおとめガールズー! などと声を掛けることはしなかったのだが。
今日は、バーベキューの時にみたいな、きゃっきゃっしたただの女の子の集団ではなさそうだ。
今はフリーバッティングの時間で、ホームベースの側で2人ずつ、バッティングピッチャーを立たせてボールをカキンカキンと打ち返している。
守備に就いている選手達から、威勢のいい掛け声が響く。
その内野に飛んだボールに向かって、ユニフォームを泥だらけにしながら何度も飛び付き、外野に飛んだボールはフェンス際まで転がろうとも、最後まで全力で追う。
なかなかいい当たりが出ない選手には、周りのコーチからも鼓舞するような声が飛び、打球をエラーした選手には、罵声にも近いヤジがいくつも飛ぶ。
かなりの緊張感。和気あいあいとやっている雰囲気ではない。
野球に対して真摯に取り組み、自らの身体を削りながら、野球に全てを賭けている。
そんなプロ野球選手ここにもいたのだ。
「次ー、鍋川だぞー。準備をしろー」
「はい!」
あ、鍋川さんだ。試合のチケットをくれた子じゃないか。
他の選手よりも幾分細い体の彼女が、セカンドのポジションから離れ、グローブを外して、バットを持ち、ヘルメットを被り、フリーバッティングのゲージに入った。
入ったのだが…………。
ガキン。
ボテボテ………。
ガコン!
ピュー…………パシィ。
ガキ!
ボテッ、ボテッ………。
なんだあのへなちょこスイングは!
力ないくせに力みまくって。上半身と下半身の動きがバラバラ。全然にスイングに力が伝わっていない。
前に俺がレクチャーしてあげたことが何1つ生かされていないじゃないか。
俺は居ても立ってもいられず、グラウンド内に足を踏み入れた。
ガキン!
キンッ!
ガキッ!
「なにやってんだ、鍋川!! スイングに力強さがないぞ!もっと下をしっかり回せ!」
「はい!」
コーチからもそうアドバイスが飛ぶが、なかなかいい打球が飛ばない。
こっそり監督さんやコーチのおじさんに挨拶をしながら、フリーバッティングゲージのすぐ後ろに回る僕ちん。
そこからさらに何球か様子を見ていたが、一向に彼女はボールを芯で捉えることが出来ず、ついに俺は痺れを切らした。
「なんだ、そのバッティングは! 俺が教えたことが全然出来ていないじゃないか!」
「…………あ、新井さん!?」
彼女は俺の声を聞くやいなや、バッと後ろに勢いよく振り返り、ヘルメットの中で驚いたような表情を見せた。
「ほら、前を向け! バットを右肩に担ぐように構えろ!無駄な力は入れるな!体に巻き付けるようにバットを上から出せ!」
「は、はい!」
キン!
キン!
目を見張るような鋭い当たりではないが、ピッチャー方向に低いゴロが飛ぶ。
少しマシになったがまだまだだ。
「もっと下半身を意識しろ! 足の裏で力強く踏ん張れ!! 腰を回転させろ! 腰を!」
「はいっ!」
キン!
キンッ!
カキーン!
さらに助言してから3球目。
流し打ちした打球がショートの頭を越えてようやく外野まで飛んだ。
俺はそれを見て、2回3回拍手をする。
「いいぞ、その感じだ! 今の感覚を忘れるな! ショートの頭の上に打ち返すんだ!!」
「分かりました!」
キンッ!
キンッ!
ガキッ!
「ほら、今のはバットが遠回りしていたぞ! しっかり体に巻き付けろ!」
「はいっ!!」
キンッ!
キンッ!
カキーン!!
今までで1番いい打球が、左中間を真っ二つにした。レフトの選手が背走しながらその打球を追っていく。
「オッケーイ、ナイスバッティングだ!!」
「ありがとうございました!」
バッティング練習の時間を終えた鍋川さんが、足場をきれいにならして、ヘルメットを外してバッティングピッチャーに頭を下げた。
そしてすぐに俺にも会釈をする。
「まあ、最後の方はよかったけど、最初のバットの振り方なんだ。あれじゃ、JK選手の方がいいスイングしてるよ」
俺は彼女を睨み付けるようにして、そう厳しく言い放った。
すると彼女は、気まずそうな顔をしながら、ごまかすように額の汗を拭う。
「すみません。ちょっと力が入ってしまって……」
「手を見してみろよ」
「手ですか?」
「そう。バッティンググローブを外して」
鍋川さんは不思議そうな顔をしながら、両手を俺に差し出す。
俺はその差し出された彼女の手の平をまじまじと見る。
実に年頃の女の子らしい、白く柔らかいきれいな手の平だ。
それじゃダメなんだYO!
俺の手の平を見てみなYO!
突然憑依してきたラッパーの霊を追い払いながら、俺は自分の両手を広げて彼女に見せた。
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