3人娘とのバーベキューを企む新井さん4
「はい、さやちゃんも。ご飯もまだいっぱいあるからね」
「ありがとうございます!」
「マイちゃんも、ご飯食べる?」
「じゃあ、ちょっとだけちょうだい」
「分かった」
バーベキューも中盤戦に差し掛かり、カルビやホルモンなど、濃ゆいお肉と白ごはんをかきこむ段階になってきたのだが、お隣の女子プロ野球チームの様子がおかしい。
キャーキャーとバーベキューを楽しみながらも、しきりに俺の方にチラチラと視線を送る女の子達が増え、何やらひそひそと俺には気付かれないように、内緒話をしているようなのだ。
まるで、イケメンの先輩を見つけた女子中学生みたいな。そんなノリ。
無論、そんな風にされた経験などございませんが。
しかし、非常に気になる。
一体何なのだろうかと考えていると、その集団の中から1人の女の子が思い立ったように立ち上がって俺の側まできた。
そして、被っていたキャップを外して俺に頭を下げる。
「お疲れ様です!」
その女の子はまさに体育会系のテンションでそう俺に挨拶した。
そして日に焼けた小麦色の顔を俺に向ける。
「お、おう。お疲れっす」
多少戸惑いながら、俺はとりあえずの返事をした。
「誰? あんた。この子の知り合いなの?」
ギャル美がビール缶をすすりながら、ちょっと敵意をちらつかせる態度を取る。こいつ私のなんだけど。みたいなそんな感じ。
ちょっと嬉しい。
「申し遅れました!私、宇都宮とちおとめガールズ、背番号30。鍋川麻理と申します。ポジションはセカンドです!」
なべかわ………まり?
知らねえなあ。
その女の子は、きっちり自己紹介したのにも関わらず、俺の反応がイマイチだったのが少しショックだったようだ。
落ち込みながらも、なんとか俺に自分を伝えようとする。
「あの、覚えてません? 2ヶ月くらい前に、静岡の沼津の旅館で、私にバッティングフォームをレクチャーして下さったじゃないですか! あの時のわたしです!」
「静岡? 沼津? 知らねえなあ。そもそもそんな所に行った記憶ないし、最近は遠征以外で栃木県外から出てないからね」
「そんな……。ほら、旅館の出入り口横の電灯の下で。側に鯉がたくさんいた池があって……。後から気付いたんですけど、あの日新井さんは、大阪ジャガースとの試合に代打で出て、前村投手からノーヒットノーランを阻止するヒットを打っていたじゃないですか! 新井さんのプロ初ヒットですよ!」
「プロ初ヒットは確かに大阪で打ったけど………。その後静岡に行ったっけかなあ?」
「いましたよ! ほら、日付が変わった後にスポーツニュースを見ながら、旅館の女将さんが作ってくれた山菜うどんを食べて………」
「ああ、あの山菜うどんを一緒に食べた時の子か!いやー、久しぶりー」
「ええー………うどんで思い出すのー……?」
なんか3人娘にすごいがっかりされてるー。
「いやー、そっかぁ。君はプロだったんだねえ。ごめん、ごめん。学生だと思っていたよ」
彼女には失礼だとは思ったが、相手が同じプロならばと、正直な気持ちを伝えた。
旅館で見た時もそうだったが、体つきは他の女子プロ野球選手と比べても華奢。高校まで格闘技を習っていたというポニテちゃんの方がいいガタイをしているくらいだ。
しかし、バネや俊敏さは十分にあるように見える。
1回2回バット振っただけで、なんとなく光るものがあるようには感じた。
「君はいくつなの? プロ何年目?」
「20歳です。今年で3年目です」
20歳か。なら、まだまだこれからだな。
「あの、新井さん。今度県営球場で試合があるんです。見に来てくれませんか?」
県営球場かあ。ちょっと家から遠いんだよなあ。
めんどくさいなあ。
「ちょっと、あんた。そこ私の場所なんだから、どいてよ」
鍋川さんと話をしていると、嫉妬のようなものが沸き出してきたのか、ギャル美が彼女にちょっと冷たく当たる。
「ほら、あんたもちゃんとこっち向いて座りなさい!つぎのお肉焼くわよ」
そんなギャル美の様子に少したじろぎながら、鍋川さんはポケットをまさぐってその中身をギャル美に差し出した。
封筒のようなものだ。
「これその試合のチケットなんです。もし都合がよければ見に来て頂けませんか?」
「は? なんであたしが……」
ギャルはそう言ってそっぽを向く。
「母校の雀宮女子の後輩達にまとめてチケット用意したんですけど………。ちょっと余ってしまって……」
と、鍋川さんが言ったところで、ギャル美の様子が変わった。
「え!? あんた、雀女なの? なんだ、言ってよー。あたしとこのみのりもそこを卒業したのよー。座って、座って! あんた、邪魔!!」
ぎゃあ。俺の可愛いおケツが蹴っ飛ばされた。
ひどい。ひどすぎる。同じ女子校というだけでこの変わり様。女の子は怖いですわ。
増田精肉店さんで購入した1万5000円分のお肉。魚介類、野菜、白飯。5人で食いきれるかなと心配だったのだが、目の前の女の子達は俺に対する好感度など微塵も気にする様子はなく、遠慮なく肉に食らいつき、白飯をかきこみ、酒を飲み干した。
あっという間にお肉も最後の1パック。
それのビニールを剥がし、中のロース肉にトングを伸ばすポニテちゃん。
「これ、最後のお肉ですねー。皆さん食べますか?」
ポニテちゃんがそう言って見渡した隣。ギャル美とみのりんは椅子の背もたれに寄りかかりながら、ぽっこり出たお腹を擦っている。
「ふう、あたしお腹いっぱいだわー」
「ごめんね。私も……」
「新井さんは食べます?」
「おお、食べる、食べる!」
「では、残っているお肉全部焼いちゃいますね」
バーベキューもいよいよ終わり。
しかし今日のメインイベントはバーベキューではなく、とっておきのサプライズがある。
今日はみのりんの誕生日だからね。
ポニテちゃんが焼いてくれた最後のお肉を頬張った俺は、おもむろに椅子から立ち上がる。
「受付のコテージに、デザートが売ってたから、4人分買ってくるね」
というこの台詞は、サプライズの合図となっているのだが。
「新井くん、私も行くよ」
みのりんも一緒になって立ち上がってしまった。
座っとけよ、眼鏡。
仕掛人であるギャル美とポニテちゃんが慌ててみのりんを座らせる。
「みのり! あなたはここにいなさい! あいつ1人で大丈夫よ」
「そうですよ! 新井さんに任せて、私達はゆっくりしてましょう!」
「そ、そう?」
「そーですよー。ほら、こんなに空が青いですよ!」
「本当ね! あの雲なんて…………ソフトクリームみたいだわ! みのり、ちゃんと目に焼き付けておきなさい!」
「う、うん………2人ともどうしたの?」
ギャル美もポニテちゃんもあたふたあたふた。
2人とも下手だなあ。
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