代打攻勢のビクトリーズ

「すみません!!」


ホームランを打たれたキッシーがベンチに足を踏み入れながら、大声で謝り、下唇を噛んだ。


1番気を付けなくてはいけないこと。


絶対に許してはいけないこと。


それはチームの抑え投手としてここまで投げてきたキッシー自身が1番よく分かっている。


だから、ベンチに彼を責める者は1人もいない。


「気にすんな、岸田! 取り返してやるから!」



「たかだか1点だ! 大丈夫、大丈夫!」



「諦めんなよ、お前ら!まずは同点にするぞ!」



グラブをベンチに叩きつけるようにして、自分のふがいなさに悔しがるキッシーの姿を見て、チームメイト達はいつになく前向きだ。



俺は心の中で…………こうやって打たれんの前半戦だけで何度目だよ。いい加減にしてくれよ。


そう思っていた。




「さあ、マウンドには東京スカイスターズのストッパー。川村が上がりました。ここまでリーグトップの22Sを挙げていますが、昨日9回に3失点。新井にデッドボールをきっかけに崩れた昨日のマウンドですが………」



「昨日見る限りだと、やはりだいぶ疲れがあるようでしたけどねえ」



「東京スカイスターズも前半戦、首位を快走し続けてきましたが、その間もこのリリーフ陣が常にチームを支えてきました。それだけ、信頼されているその中心が、やはりこの川村です。


昨日の雪辱を晴らすピッチングになるのか。はたまたビクトリーズが2夜連続の守護神討ちとなるのか、7番鶴石から始まる9回裏の攻撃です」



「鶴石打ちました! これも1塁側スタンドへのファウル」


先頭打者であるの鶴石さんが粘る。


初球、2球目と変化球できわどいコースに投げ込まれ、続けてストライクを取られ、追い込まれてしまったが、そこからはベテランの粘り。簡単には終わらない。


それまでよりも、拳1つ分バットを短く握り。


キャッチャーバッターらしく、コースを随所についた決め球をきっちりと読み切り、例えヒットに出来なくても、手元まで呼び込んでファウルにしていき、きわどいボール球をきっちりと見送っていく。


そしてカウントは3ボール2ストライク。バッテリー側にも余裕がなくなった。



そんな状況で投げ込まれた低めの球を鶴石さんがのバットがついに捉える。



カンッ!



コンパクトながら鋭いスイング。



打球はライナーとなって三遊間へ飛んだ。



よっしゃ! と言い掛けたところで、抜群のポジションいたスカイスターズのショート、平柳君がその打球を間一髪。地面スレスレでそのままライナーキャッチ。


打った瞬間の鋭い打球におおーっ! となったが、スタンドからも、力が抜けるようにああーっ…………という落胆のため息に変わった。




打って1塁に駆け出そうとした鶴石さんがバットを持ったまま、天を仰いだ。



「北関東ビクトリーズ、選手の交代をお知らせします。バッター、守谷に代わりまして………川田。ピンチヒッターは、川田。背番号33」







「鶴石はフルカウントまで粘りましたが、ショート平柳のファインプレーに阻まれて1アウト。


打順が8番守谷というところで、代打に川田が起用されます。ビクトリーズ、左の代打です。今シーズンは打率2割3分台ですが、代打での成績は3割ちょうど。ホームラン2本打点8という代打での成績です」


アナウンスされ、片手でバットをぐるんぐるん振り回しながら、代打の切り札川田が打席に向かう。


今シーズンはここまで、どうしてかスタメン出場するとなかなか結果を残せないのだが、代打で起用された時の集中力はなかなかのもの。


特に最近は、代打で続けてホームランを打ったり、打点を挙げたりと、調子は上向き。


右投手の相手にこれ以上ないうちの代打が登場し、スタンドからもなんとか1本と懇願する歓声が響く。



その歓声を受ける川田も、代打というポジションに満足しているわけもなく、なんとか結果を残してレギュラー獲りへの弾みにしたい打席。


いつも以上の集中力にさらなる気合いがみなぎり、4球目までで、3ボール1ストライクと有利がカウントに持っていくと………。



「速いボールを打った! 詰まった打球ですが、センターの前に落ちました!! さあ、1アウトから、代打川田が出ました!」





「「よっしゃあ!!」」



川田の打球が詰まりながらも、セカンドの頭の上をなんとか越えるようにしてセンター前に落ちると、ベンチにいた選手達がみんな立ち上がって盛り上がり、1塁ベース上の川田に拳を上げる。



見事出塁した川田も、何度も手を叩きながらやったった! という表情でアームガードを外す。


よーし、いける! まずは同点、ここからさらに繋いでいければ、得点まで漕ぎ着けられるかもしれないぞと高まるムードの中、今日スタメンを外れたこの男が打席に向かう。


「北関東ビクトリーズ、選手の交代をお知らせします。バッター、岸田に代わりまして…………柴崎。ピンチヒッター、柴崎。背番号56」



アナウンスを聞いたファンからまた、わあーっ!と歓声が上がる。



前半戦最後の試合。15まで伸びた連敗をなんとか止めようと、チーム一丸となる中、2ヶ月ぶりにスタメンを外された形の柴ちゃん。


チームの記録的大連敗の責任を1番感じているのは、トップバッターを任せられていた柴ちゃんなのかもしれない。


その連敗している間、1番多くの打席に立ちながら、打率は2割にも満たなかった。なかなか思うように出塁出来ない悔しさがあった。


不動の1番打者であった柴ちゃんの不振が、チームの深刻的な得点力不足の大きな一因となってしまっていたのは明らかだったのだ。

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