ゲッツーだけはやめて下さいね

しかし、その柴ちゃんも、今日球場入りした時から、なんだか目の色が違った。


普段は、新井さんじゃないっすかー! おじゃーす!!今日はコンビニで何を買ってきたんすかー!?


という軽い感じなのに、今日は俺が挨拶しても、おざっす。とだけ言い残して、何本もバットを持って、さっさと室内練習場に消えていってしまった。


全体練習の1時間以上も前から、なにやらマシン相手に打ち込みをしている辺り、前日の試合後には、スタメンを外される旨を伝えられていたのだろう。



ようやく必死になったのかしら。




そう言われてから、自主練習するのではなく、普段からそのくらいやっていて欲しいわよねえと、コンビニで買った唐揚げ棒にかじりつ俺はその時思っていたのだが。



今まさに打席に立つ柴ちゃんの背中から、ただならぬ気合い、闘争心を感じる。


いつものように簡単に早打ちはしない。


相手は連投に次ぐ連投で調子を落とし気味の抑えピッチャー。


鶴石さん、川田。


2人ともそうだったが、簡単にはアウトにならない意識というのはピッチャーを大いに苦しめる。


球数を投げさせて、少しでもピッチャーにプレッシャーを与えていこうとする姿勢が顕著だった。


1アウトランナー1塁。


またしても追い込まれながらも、左打席に入る柴ちゃんがなんとかボールに食らい付く。



ファウル、ファウル。1球見逃してまたファウル。



そして迎えた8球目。



「流した、三遊間……破っていった! レフト前ヒット!! さあ、繋がりました!1アウト1、2塁!」





ある意味らしくない、柴ちゃんの流し打ち。


やや外より、低めのストレートに対して体の開きを我慢しながら、バットの面を上手くレフト方向へと向けて、ボールを上から叩いた。


その打球は、人工芝をワンバウンド、ツーバウンド。


スカイスターズのショート、平柳がまた打球に向かって飛び付く。さっき鶴石さんのライナーを捕ったばかりでしょうが! 連続は止めてー! というビクトリーズファンの悲鳴が上がる。



しかし、柴ちゃんがバットの芯で捉えた低い打球。レフト線方向に切れながらの三遊間。ゲッツーシフト故に、2塁ベースに寄っていたポジションではさすがに捕球は叶わず。


それでも飛び付いて伸ばしたグラブの横。腕1本分横のわりとギリギリを打球は駆け抜けていった。




「代打の川田、柴崎の連続ヒットで1アウト1、2塁!! そして打順はトップに返ってこの人に回ります」






「1番、レフト、新井」





アナウンスされると、スタンドから今日1番の大声援が俺に降り注いだ。


ネクストバッターズサークルから、打席に向かうまでの間に、このチーム命運の行方。その分岐点に立っているような気がしてきた。


9回裏1点差。1打同点、さらにはサヨナラのチャンス。



15連敗からの脱出へ前半戦のラストチャンス。



平常心に平常心にと思っても、自然と胸が高鳴ってしまう。



落ち着け、落ち着けと自分に何度も言い聞かせながら、素振りをして、バットを太ももに乗せて、1回屈伸をして、今日5回目の打席に入る。




バッターボックスの1番後ろギリギリに立ち、入念に足場をならす。


そして、左手で持ったバットの先をピッチャーの方に向けながら、ぐっと腰をくねるようにして、右手でもバットを握り、それを高く掲げるようにした後、深く深呼吸しながら、ゆっくりと肩まで下ろす。


キャッチャーのサインに頷いたピッチャーが2塁ランナーに視線を送りながら、ゆっくりとセットポジションに入る。


グラブをベルトの位置まで下げ、そこで数秒静止して、足を上げた。


前のバッター達がたくさん粘ってくれた。昨日から合わせて何十球と見た相手ピッチャーのタイミングの取り方は心得ている。


イメージはセカンドの頭の上。


多少詰まっても、しっかりとボールを引き付けて、そこに打ち返す。




ボールが向かってくる。



外角低め。流し打ちには悪くないコースだが、僅かにストライクゾーンから低いと見逃すつもりが、気付いたら打ちにいっていた。



カンッ!



上っ面を叩いた打球は、ワンバウンドでファーストのミットへ。



そのままベースを踏まれて、2塁へと送球された。



げえっ!! ゲッツーだ………。







「ファウル! ファウルボール!!」



次の瞬間、背後の球審が大声で叫び、それに合わせて、ゲッツーを取ろうと動いたスカイスターズの内野陣を止めるように、1塁塁審も力強く頭の上で大きく腕を広げた。




スタンドがどよめく。



あぶねー。




試合が終わるところだったぜ。





「1塁線際どい打球でしたが、ファウル。打球を掴んだ1塁手はフェアグラウンドでしたが、伸ばしたミット。


腕の先はファウルグラウンド内であったというジャッジ。危うくダブルプレーが完成するところ。これはビクトリーズ救われました」





一瞬、全てが終わったと強ばった体から力がドローンと抜けていく。



あぶねえ。初球ゲッツーで試合が終わったかと顔が真っ青になりかけた。



いかん、いかん。今のはボール球だ。迷ったスイングをしたら絶対いかん。しっかり打つべきボールを見極めないと。




「大谷さん、バッテリーの攻めはどうでしょうか」



「バッテリーは、今のようになんとか内野ゴロを打たせて、ダブルプレーにしたいですから、低めの球を引っかけさせたいんですよねえ。


今の真っ直ぐはこれ以上ないところでしたがどうでしょうかねえ。ストライクカウントを1つ取れましたから、同じ球か、もう少し低めのボール気味のところにスライダーを投げたいですねえ。



新井くんはそれに手を出さないことですねえ」





「その2球目、変化球! 打ち上げました! ファウルフライ。3塁ベンチ前、キャッチャー、サードが追いかけますが………追い付きません! ファウルボール!!」





あぶな。




やばい、またボール球に手を出してしまった。

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