キャプテンの送りバント

「ノーアウトランナー1塁で、打席には2番の杉井です。足も速く小技も上手い右バッターですが、ビクトリーズベンチはどうするでしょうか」


「まずは手堅く送りたいところではありますけどねえ。普通にバントするには少しもったいないケースではあります」



ベンチからのサインは送りバント。


しかし、最初からバントの構えはせずに、プッシュ気味に1塁側へ転がせという細かい指示が出た。


バッターの杉井がそんなサインを確認して、1つ深呼吸をして打席に入り、足場をならす。


俺も、リーリーリーと心の中で唱えながら、リードを取る。


すると1球牽制球がきた。



様子見の牽制球。予想通りだ。俺は滑り込まずに、余裕を見せながらゆっくりと戻る。


何もサインなんて出てないっすよ? バントすらも出てないっすよ?



という顔をして、俺は1塁ベースに戻って、ボールがピッチャーに戻ったのを確認して、またリードを取る。



ピッチャーがセットポジションに入る。


俺の方を見て、バッターの方を見て。また俺の方を見て。


そして投球した。


すっと杉井が右打席で、バントの構えをしてベルト付近の高さにきたボールを1塁に走り出しながら、プッシュバント。うまく強めのバントゴロを転がしたのをしっかり確認しながら俺も2塁へとひた走る。




走力E査定の俺ですから、気を抜くことなく、どこが走力Eなんですかと言わんばかりに、一生懸命になって2塁へズダダダと走る。


その先に見えたのは2塁ベースカバーにきたショートの平柳君が、ああーっと残念そうな顔をしながら、少し2塁ベースから離れた所作。


何事ですかと振り返ると、送球されたボールをキャッチした相手ピッチャーとバッターランナーの杉井の競争になったようで、ピッチャーはボールを掴み、1塁ベースを踏み込みながら俺のが早いですよとアピール。


うちの杉井も同じようにベースを走り抜けながら、1塁コーチのおじさんと一緒に両腕を広げてセーフ! とアピールしていた。



そして、1塁塁審のおじさんがセーフ、セーフ!と気合いの入ったジャッジしていた。



すると、立ち上がった多くのビクトリーズファンが沸き上がる。


軽くガッツポーズをしながら腕と足のプロテクターを外す杉井に、歓声と拍手が送られた。



LEDビジョンに写し出されたリプレイ映像では、プッシュバントで転がった打球を捕球しようとしたファーストが足を滑らせ、ベースカバーにきたピッチャーとの連携が多少ずれた間に杉井が駆け抜けた格好だ。



杉井はこれが嬉しい今シーズン初ヒット。



そして、よもやのノーアウトランナー1、2塁となったところで、打席には3番の阿久津さん。




なんと!



ベテランの強打者に出されたベンチからのサインは送りバントだった。





サインを確認した阿久津さんがピッチャーが投球モーションに入る前からバントの構えをする。



相手バッテリーも簡単にやらせる気はない。



「あっと! バントしましたが、これもファウル。阿久津が送れません。2ストライクになりました」



ああ、ヤバい。阿久津さんがバント出来ない。俺から言わせれば下手っぴ。



まあ、去年まで西日本リーグの強豪である福岡ハードバンクスで中軸を張っていたおじさんですから、バントなんて何年かに1回の切羽詰まった時くらいにしかやらないだろうけど。


ここはなんとか決めてほしい。



しかし、1、2塁のバントってほんと難しいんだよね。



タッチプレーいらずの場面だから、打球を転がせるエリアがだいぶ狭まる。


当然相手も簡単にはバントさせてはくれない状況ですから、インハイに速い球を投げたり、ボールにするようなつもりで低めに変化球を落としたりするわけだけど。


しかし、それでも決めないといけない場面だ。



15連敗ですから。なにがなんでも。



だから2塁ランナーの俺も出来る限りはしなくては。




「さあ、2ストライク。追い込まれた阿久津ですが……ここもバントの構えです。……ピッチャーセットポジションから第3球投げました! 高め、バントしました、ピッチャー前!」



うりゃあああ! チョロQダッシュ!!&スライディーング!!



「ファースト!」





「ピッチャー、バントの打球を掴みましたが、3塁には投げられません! 1塁へ送球しましてアウト。阿久津、送りバント成功で1アウトランナー2、3塁に変わります!」





あぶない、あぶない! 3塁に送球されていたら、アウトかセーフか5分5分というところだったな。


3塁ベースで可愛いおケツについた土を払いながらほっと安心している俺の頭を3塁コーチのおじさんがバコンと叩く。


「お前、バントする前にちゃっかり軽くスタートしやがったな。そんなサイン出てないぞ。フライになったどうするんだ、バカタレ!」



「それは分かってますけど、なんとか進塁したくて………」



「いつも言ってるだろ。勝手なプレーをするなと、下手すりゃ今の罰金取られてもおかしくないからな。さすがにそういうのをやられちまうと、俺もフォロー出来ねえからな」



と、3塁コーチのおじさんは俺を叱る。



「でも、萩山監督が罰金とか言いますかね」



そう聞いてみると、サードコーチおじさんは………。



「うーん。さすがにそれはないかあ。だが、俺はちゃんと怒るぞ」



と、遠くのベンチを見つめた。



しかし、15連敗している時点でチームとして罰金をファンに支払うべきなので、あんまり気にしない。


結果送りバント成功で2、3塁になったんだし。



失敗すれば、懲罰交代で俺がグラウンドからいなくなるだけだ。



控えに柴ちゃんもいるし。



ただそれだけのこと。



しかし、それと引き換えにしてもいいくらい、この1アウト2、3塁は大きい。



「4番、ショート、赤月」

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