名探偵の新井さん1
「全員乗ったかー!出発するぞー!」
「すみませーん! まだ乗ってないっすー!」
負けた腹いせというわけではないが、試合をしたら純粋に腹が減る。負けて腹立たしいというのも関係しているかもしれないが。
しかし、さすがは東日本リーグ2位と調子のいい北海道フライヤーズさんは太っ腹。
たくさん用意してくれたケータリングコーナーにまだ食い物が残っていたので、腹黒い俺はここぞとばかりに色々物色していたら、引き上げるのが少し遅れてしまった。
なんとか乗り遅れギリギリでバスに乗り込んわだ。
「ごめんなさいね、皆様」
俺は謝りながら、同時にソーセージをこれでもかと挟んだパンズを落とさないようにバスの通路を歩く。
空いてる席はどこなと軽く目で探していると、後ろの方が少し空いている感じだった。
それもそう。
そこに座っているのは今日も痛恨の1打を打たれてしまった投手である、キッシーだったのだ。
他の選手も気を使ってか、彼の隣や前後は避けている様子だった。
本人も最近のふがいない自分のピッチングにうなだれているというか、ショックを受けているというか。
まだバスは走り出していない。
変わらない札幌ドームの外観の景色を眺めているだけだった。
そんな彼の横に、俺はどーんと座ってやった。
他のチームメイト達が、マジかこいつ。という顔をしている。
俺も自分でマジかこいつと思った。
「なんだよ、新井。わざわざ隣に座りやがって」
同い年の彼は、隣に座った俺に煩わしそうに仕方なく口を開いた。ここ最近は自らの乱調でチームに迷惑を掛けているのは百も承知。同時に、俺がヒーローになる機会も潰しているという責任も感じているようなので、俺を無視する訳にもいかない。
「別にいいだろ。また打たれたピッチャーの横に座ったって」
俺がそう皮肉ってやると、周りの選手達は立ち所にざわめき出し、キッシーは苦虫を噛むようにして、だいぶうんざりして様子で俺を見た。
そんな彼の反応に俺は……。
「ごめんな。あの逆転になった左中間の打球を捕ってやれなくて。もう少し反応が良ければ捕れたかもしれなかったから」
俺はそう謝った。
もちろん、俺が悪いわけではなかったが、俺が軽くエラーしたくらいのトーンで謝ってやった。
「いや、新井は悪くねえよ。あそこまで飛ばされた俺が悪いんだよ」
キッシーは少し慌てるように、俺の言葉の最後を遮るように謝り返してきたが、俺は真犯人を見つけ出すことにする。
「いや、岸田ちゃんよ。あの場面、普通に定位置にいれば、もしかしたら打球を捕れたかもしれないよ。だから、1番悪いのは、外野の前進守備を指示した守備走塁コーチのおじさんだ!」
今日の試合の戦犯は、守備走塁コーチのおじさん! お前だ!!
と、札幌の街中を走るバスの中で高らかに宣言すると、バスの前の方に座っていたその外野守備コーチおじさんが振り返るようにしながら俺を睨み付ける。
「なんだ、新井。今日、負けたのは俺のせいか?」
そう言って、さらに鋭い目付きでギロリと睨む守備走塁コーチのおじさん。
わりとガチの睨みだったので、俺は慌ててバスの座席から立ち、通路に出て土下座した。
「と、とんでもございません! こちらの捜査ミスであります!!外野守備走塁コーチ殿!」
「そうだよなあ? 俺の指示は間違っていないぞ。あの場面はもう1点もやれねえんだから、ああするしかねえんだよ。いつもそうミーティングしてるだろうが」
「はい、その通りであります!コーチ殿は全く悪くありませんでした。明日からの練習はお手柔らかにお願い致します」
「それは約束出来ん。お前だけみっちりと外野ノックの特別メニューだ」
「そんなぁー! お代官さまぁー!!」
そう受け答えすると、バスの中でドッと笑いが起きた。ある者は大口を開けてゲラゲラ笑い、ある者は涙を流し、ある者は面白がってスマホのカメラを向ける。
柴ちゃんが笑い、浜出君が笑い、監督、ヘッドコーチも笑っている。
そして、戻った隣のキッシーも結構笑っていた。
俺は心の中でよし! と思いながら、せっかくなのでもうひと笑い取りに行くことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます