名探偵の新井さん2

「しかしですよ、皆さん! 今日のススキノ散策消滅事件の真犯人は別にいるのです!」


そう。


守備走塁コーチは全くのフェイク。ミスリード要員だったのだ。いかにも悪い奴。怪しい奴に限ってのっぴきならない事情があっただけの一般人。



いかにも無害な普通を装っている人間が1番怪しいのだ。


真犯人は別にいる。


あの逆転された局面、余計な一言でタイムリーヒットを許してしまった真犯人とは………。


「柴崎恭平!! お前だ!!」


俺は、3列前の席に座るツンツン頭の柴ちゃんをビシッと指差した。


バス中の視線が柴ちゃんに集まる。


「新井さん! なんで俺なんすか!なにもしてないっすよ!」


柴ちゃんは慌てた様子で俺の方へと振り返ったが、俺は覚えている。打たれる直前に、センターを守る柴ちゃんが俺に叫んだ一言を。






「新井さん! もう2、3歩前に守りましょう! 2塁ランナーは絶対返しちゃダメっす!!」



外野コーチおじさん命令のシフトでさえ、随分な前進守備だったのに、柴ちゃんはさらにそう叫んできたのだ。






「皆さん! 彼はそう言ったのです! センターを守っているからといって、外野陣のリーダーを気取って、自分の勝手な判断でそう言ったのです!」




1軍の歴で言えば柴ちゃんのが1ヶ月先輩だから、咄嗟にそう言われたら………おっ、おう。と従っちゃうじゃない。




あれが左中間を打球が破った決め手だったのだ。




決まった。


俺の名推理が北の大地で炸裂した。


ご褒美に、今夜は試合に負けたが俺だけは外出許可が出ることだろう。


「ちょっと待って下さいよ、新井さん!」


まあ、真犯人の言い分も聞いてやろうじゃないか。


「あの時、新井さんも納得して前進したじゃないっすか!」


「うん、まあね」


「それに、打球の追い方が微妙に下手でしたよ」


「え?」


柴ちゃんが突然、名探偵の俺に食ってかかった。


「センターから見ている限り、1歩目も微妙に遅かったし、2、3歩後ろにいたところで結局あんな追い方じゃ捕れてませんよ!」


「な、なんだと! ノーヒットだった君が何を言うか!」


「俺は2回もバントしてチャンスで新井さんに回したじゃないすか! どっかでも新井さんがヒット打ってたら、それこそ今日の試合は勝ってましたよ!」


なにぃ。柴ちゃんめ。打率が2割5分もないくせに。


危なっかしいバントだったくせに………。


「柴崎の言う通りだ! 今日は、新井のせいだぞ」


「そーだ、そーだ。最後の打席だけヒット打ちやがって!」


「毎日女の子に料理作ってもらってるらしいけど、調子にのんなよ!」


気が付けば形成が逆転して、俺1人が責められている状態に。



俺は大人しく、何事もなかったかのように座席に腰を下ろし、ホテルに着くまでずっと真顔を貫き通した。

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