キッシー、頑張って
「最後に失点を許しましたが、7ー5! 序盤に打線が繋がった北関東ビクトリーズが、連敗を7で止めたゲームでした。続いて、埼玉対横浜の試合は………」
「あら。全然あんたハイライトに映らなかったわね。チョー、ウケんだけど」
ギャル美はそう言いながらも、だいぶ残念そうに缶チューハイの最後をグイッと飲み干す。
「しょうがないじゃん。俺は今日4タコだったんだから」
チームは7点を奪う試合運びを見せたが、その中で俺は4打数ノーヒット。
俺が1本でもヒットを打っていれば、先発ピッチャーの中山君を含めて先発全員安打となるところだったが、俺にはいいところはひとつもなかった。
それまでが調子よく打て過ぎた感があったからね。それのしわ寄せがくるのは当然のこと。そんな試合でも、チームは勝ったのだから、ラッキーちゃっ、大ラッキーよ。
しかし、ギャル美様にしてみれば、だいぶ心配してくれているようで、ブラだけではなく、マッサージされながら寝そべる俺にだけ見えるように、ホットパンツの中身もチラ見せしてくれる。
わりと可愛らしいピンク色の………。
「新井くんの好きなバラエティ始まるよ」
リモコンを握りながら、俺とギャル美の間に座り込むみのりん。この眼鏡、わりとやりおる。
「ねえ! 聞いてる!?あんた、次の試合からは気を引き締めてやりなさいよ。北海道ではちゃんとヒットを打つ! 分かった?」
みのりんの陰から顔を覗かせるギャル美。
そんなん言われたって。打ちたいと思ってヒット打てたら誰も苦労しねえっての。
「ねえ!分かったの!?」
「はい!! 頑張ります!」
次の試合。
初めての飛行機。初めての北海道。初めての札幌ドーム。
2002年のサッカーW杯でも話題になった、野球とサッカーの兼用スタジアムだ。ウイーンと色々動いて、サッカーの天然芝グラウンドが出たり入ったりすると思うのだが、実際にスタジアムが切り替わるところを見たことはない。
ビジターのチームが到着する頃にはもちろん既に野球スタイルにチェンジされているから。
そんな札幌ドームはなんといってもグラウンドが広い、広い。
なんといってもフェンスが高い、高い。
こんな広さでホームランが出るのかよ。そんな印象だった。
あと、ベンチ裏のケータリングには、北海道フライヤーズの親会社の商品である、ソーセージやハムがたくさん用意されていた。もちろんたらふく頂いた。
それが相手チームの策略だとも知らずに………。
「8回ウラ、2アウト満塁。1点を追う北海道フライヤーズの攻撃です。この1球で試合の行方が決まりそうです。ビクトリーズのマウンド上は岸田。……セットポジションから第4球、投げました! 打った、レフトだ! 打球はレフトに上がった!」
その広い広い札幌ドームの左中間の空中に打球が上がる。
俺はバックする。ひたすらに。
しかし、あっという間に俺の頭上を越えそうだ。
「レフト新井がバックする! 外野陣は前進守備だ! その前進守備、バックするレフト新井の頭の上を………越えました!! 3塁ランナー、そして逆転の2塁ランナー、さらに1塁ランナーも返ってきました!!
ボールは今、ようやくレフトの新井から内野に返ってきます!北海道フライヤーズ、8回ウラ、逆転!!走者一掃のタイムリーツーベース!!」
高く上がった左中間への打球。あと3メートル、5メートルでホームランになるような打球だった。
頭の上を越されたのは、ソーセージを食べ過ぎで速く走れなかったからではなく、ランナーは1人も返したくないというバクチ的な前進守備だったから。
左中間の1番深いところに落ちたボールを拾って投げ返そうとした時には、1塁ランナーがイエーイと喜びながらホームインするところだった。
ボールを投げ返して、フェンスにもたれ掛かりながら、すぐうしろのビクトリーズファン達と一緒にがっかりしながらため息を吐く。
「ここでビクトリーズ、萩山監督が出ます。逆転されたところでストッパー岸田を諦めるようです」
「なんとかねえ、追い込むところまではいいコースには投げていたんですけどねえ。最後は少し甘くなりましたね」
吉野ピッチングコーチがマウンドに向かい、萩山監督が1歩でもベンチを出たらピッチャー交代だ。
主審から新しいボールを受け取ったピッチングコーチが慰めるように逆転打を許して呆然とする岸田に何か声をかけた。
一言、二言。ピッチングコーチにポンポンと背中を優しく叩かれた岸田が3塁ベンチに戻る。
控えの選手達にも気を使われながら、ベンチに戻った岸田は、1番奥の方へと行ってしまい、レフトの守備位置からでは見えなくなった。
「「阿久津!! 阿久津!! 阿久津!!」」
札幌ドームのライトスタンドからは、まだ諦めんとする応援団の声がスタジアム中に響いている。
ガキッ!
1塁ベース上に阿久津さんが打ち損じたフライが上がると、その応援団からは絶望に満ちたうめき声が上がる。
反対に、北海道フライヤーズファンから歓声が上がり、ファーストの選手が打球を見上げながら高く手を上げた。
高めのボールの下っ面を叩いてしまった打球。高く上がったフライが、1塁は側のァウルグラウンドに向かって少し切れていく。
1塁ランナーの俺は2塁へ走り出すこともなく、ただそのフライを見つめるだけ。
パシィとファーストミットにがっちりとボールが収まると、スタジアム中が歓喜に包まれた。
結局、8回ウラに失った走者一掃のタイムリーで逆転され、最後は相手の守護神がビクトリーズ打線の前に立ちはだかり、0封。
北海道3連戦の初戦を落とした。
俺は最終回にその守護神から、低めの変化球に上手く反応して、足元をゴロで抜き、最後のバッターになるのを防いだだけに終わった。
まあ、なんとかヒットを1本打ったので、ギャル美にはきつく怒られないですむ。それに関してはちょっと残念な気がするけど。
今夜のススキノ大冒険の夢は儚く散ったけどね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます