静岡の旅館にて4

「こう足を踏み込んだ時にね。バットが後ろに置いてきぼりになってるわけ。なんとなく分かる?」


「はい」


食堂のおば様とクリソツな旅館の女将が現れ、チェックインを済ませた俺は荷物だけを置いて、また旅館の庭先へと戻る。


そして、そこでバットを振る女の子にコーチをしてあげた。


彼女にまず教えたのは、足を踏み込んだ時に置いてきぼりになるバットの位置。


彼女は左バッターで、わりかし165センチくらい身長はあるのだが、体つきは華奢で腕も足も細い。


そのためかどうか分からないが、右足を踏み込むと、バットだけが後ろに残ってしまい、スイングがブレブレ。


余計に貴重なパワーをスイングスピードに変えられていなかったのだ。


そこで俺が教えたのは、バットを肩に担ぐようにしてスイングすること。


そうすれば、バットが後ろに待ちぼうけになることなく、且つバットが最短距離で出やすくなるのだ。


俺自身もバッティングする時は、非常に気をつけている感覚である。





「ふんっ………ふんっ!」


「ほら、またバットが体から離れてるぞ! もう1回!!」


「はいっ!」


俺がピシッ!っと指摘すると、体をびくんっ! とさせながらその部分を直す。


「ふんっ! はっ!」


「おっ、今のいいね!! その調子! その調子!」


「はいっ!」


20本30本と振るだけで、彼女は見違えるようなスイングをするようになった。


風を切る音はより鋭く、より力強いものになった気がした。


「おーい、お客さん達!」


声のする方に振り向くと、旅館の女将さんが小窓か、顔を覗かせる。


「こんな時間まで練習熱心だねえ。お腹すいてないかい? うどんでよければ湯がいてやるよ!」


「………えっ、いや……。あの……」


「お願いします!! おばちゃん、俺2玉ね!」


「はいよ!」


女の子はたじろいだが、俺は笑顔で即答する。さらに間髪入れずに2玉頼んだ辺りで、女の子に鼻で笑われた気がしたが俺は一切気にしない。



プロ野球選手だから。







「はい、お待ちどうさま!」


「わあ、美味しそう!」


「すみません、いただきます」


ちょうど日付も変わったところで、さすがに外での素振りはおしまいにして、女将さんのお言葉に甘えてお夜食を頂くことになった。


食堂の1角である4人がけのテーブルに着いて、温かい山菜うどんをいただく。


「そろそろ、スポーツニュースが始まるかしらねえ」



女将さんもうどんを啜りながら、側のテレビのスイッチを入れる。


「続いてプロ野球。今日は交流戦、全6試合が行われました。乱打戦のシーソーゲームに、両エースの見ごたえある投げ合い、そして大阪で大記録が誕生したのでしょうか。まずは、東京と福岡の1戦からです」



女将さんが点けたテレビでは、ちょうど今日のプロ野球のハイライトが始まったところだった。


交流戦が始まったことで、東日本リーグの6球団と西日本リーグの6球団の各チーム18試合によるガチンコバトルが白熱しているのだ

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