よっしゃあっ!サヨナ…………あれ?

バントでボールを3塁側へと転がし、わりと平均的なレベルの足の速さで1塁ベースまで全力疾走を心掛けてみたが、あと2、3歩というところでアウトになってしまった。


まあ、送りバントなんてのはこういう風にやるんですよ。


ほんとはめっちゃ嬉しいけど、俺は特別喜ぶこともなく、なんで打たせてくれないんだよと、ちょっと恨み節をもちながら、スマートにベンチまで戻ることにしよう。


「これは3塁線に素晴らしいバントになりました。スタジアム内ものすごい歓声! 見事送りバントを決めた新井に今日1番の拍手が送られています」


「いやー、お手本のようないいバントでしたねー。1発で決めますと、やはり流れを持ってこれますよ」





「新井、オッケーイ!!」


「ナイバン! ナイバン!!」


「いーねー! めっちゃいいバント!!」


ベンチに戻ると、多少驚いた様子のチームメイト達が総出で俺を出迎え、みなハイタッチを求めてくる。


今の今まで、誰? コイツ? みたいな雰囲気だったのに、現金な野郎達だぜ。


もう後はほんとに、ヒットでも犠牲フライでも内野ゴロでもなんでもいいから、ランナーを返してサヨナラにするだけ。


先発した連城君も、今日は頑張ったブルペン陣もみんなベンチの最前列で柵から身を乗り出すようにして戦況を見つめる。


俺もバッティンググローブをつけたまま、ヘルメットを外して水を入れたペットボトルを用意して、横に並ぶピッチャー陣の列の中に入った。




「1番の柴崎を迎えたところですが、キャッチャーが立ち上がりました。やはり敬遠で満塁策を取りますね」


意気揚々と打席に向かった柴ちゃんだったが、あっさりと敬遠され、バットを置き、がっかりしながら1塁へと走っていく。


「2番ファースト高田」


12回ウラの満塁となり、いよいよという雰囲気になってきた。


打席に入る高田さんもこれまでの打席とは違うさすがにプレッシャーを感じているようだ。


「高田さん、行きましょう! 行きましょう!!」


「頼むぞ、高田! 決めてやれ!!」


ベンチの仲間達が声を枯らしながら高田さんを応援する。


こういう時とはどういうバッティングをするべきか分かっている選手だ。


ここはウォータージャグのふたを外して、中身のスポーツドリンクを高田さんにぶっかける準備をしておこう。




「バッターボックスには、2番の高田。今日は8回にヒットを放っています。さあ、このサヨナラのチャンスものに出来るでしょうか」


スタンドからものすごい歓声。恐らくは大チャンスの時にやるチャンステーマだと思われる大盛り上がりの大声援が、ライトスタンドの応援団を中心にスタジアムが揺れんばかり。


そんな中の初球。外角高めのストレートを高田さんが叩いた。乾いた打球音を残した打球は右中間に高く上がった。


「打球は右中間!センターか! いや、ライトが出て来てきた! 定位置よりやや前!ボールを………掴みました!3塁ランナー鶴石!タッチアップ!!」


ライトが打球をキャッチすると、ランナーがホームに走り出す。


鶴石さんのスタートはよかったが、それ以上にライトからいい返球がきてしまった。


鶴石さんが滑り込んだ場所で、相手キャッチャーがボールを補球した。


「ライトからいいボールが返ってきたー!! タッチは……………アウトー!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る