ベテラン左腕、奥田さん。

試合はテンポよく進んだ。


初回に桃白のツーランホームランが飛び出した後は、両チームの投手陣が踏ん張り共に0行進。


8回表まで試合進むも、北関東ビクトリーズは、1アウトランナー満塁のピンチを迎えた。


「北関東ビクトリーズ、ピッチャーの交代をお知らせします。ピッチャー、鳴屋に代わりまして、奥田。背番号29」


ここまで好投を続けていた鳴屋が交代を告げられ、ベンチへと戻ってくる。


そして、ベンチ奥のブルペンから、左のサイドハンド。去年まで四国のチームで中継ぎを務めていた男がベンチを通って、駆け足でマウンドへと向かってくる。


帽子を取り、汗を拭いながらベンチへと戻る鳴屋に俺は乾いたタオルを投げつける。


そして、お疲れ! いいピッチングだったなと、手でタッチし合いながら労った。


「お疲れ、ナイスピッチング!」


「なりちゃん、お疲れ!」


「あざます……あざます」




他の選手やコーチもベンチの1番奥に座る鳴屋に声をかける。


俺がベンチにいるからかどうか分からないけれど、思っていたよりも、ベンチの雰囲気は明るい。


それでも、少しでもベンチに腰を下ろしてゆっくりドリンクを飲もうものなら、監督とヘッドコーチが俺を睨み付けるのだ。




「京都、バッターは野村。背番号66」


1アウト満塁。2点リード。相手バッターは左打ち。今日はここまで2安打。調子はかなり良さそう。



タイミングを合わされていた若手の先発ピッチャーに代わって、全くタイプの異なるピッチャーをビクトリーズはマウンドに送り込んだ。



「北関東ビクトリーズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、鳴屋に代わりまして………奥田。ピッチャーは奥田」




先発の鳴屋に代わって出て来た奥田さんは新球団トレードでやってきた36歳のベテラン。左打者を得意としている変則左腕だ。



プロ野球選手の中ではだいぶ小柄な部類に入る奥田さんだが、アナウンスされると1塁側のファウルゾーンにあるブルペンから軽快な足取りで現れた。



マウンドに行き、寄ってきたキャッチャーとピッチングコーチと1言2言交わすし、左手にロージンをつけて、ピッチング練習を開始した。




低めにスパーン! スパーン! と、いいボールを投げ込んでいる。





2点リードながら、1アウト満塁。8回の勝負どころでプレッシャーがかかるところだが、奥田さんはキャッチーのサインを確認して、ゆっくりとセットポジションに入った。




上背がない奥田さんだが、14年間プロ野球の世界で投げ抜いてきた経験がある。



相手は結果を残したいと打ち気にはやる若手バッター。



その相手の間合いを計るようにようにしながら奥田さんは投球動作に入った。





「ストライーク!!」


ボールは左打者のアウトコース低めいっぱいのストレート。バッターが打ちに行けないくらいの見事なコース。


キャッチャーが構えたミットが全く動くことなく、コントロールされたボールがズバンと収まった。


まあ、ちょっとは動いたけど。でも、ほんのちょっとだけ。


ともかく、満塁の場面に出て行ってたその初球が思い通りのコースへ投げ込めた時点で、この勝負は決まった気がした。


次の球は初球と同じアウトコース低めの球。しかし、ストレートではなく小さく曲がるスライダーだった。

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