試合に出たい新井さん
「だからお前は大人しくトレーニングしてろ」
コーチはそう言って俺の背中を押してグラウンドから押し出そうとする。
それじゃあ、いつになったら俺は試合に出れるんだよ! とぐずってみたら………。
「今のお前は圧倒的に筋力が足りてないんだから、少なくともあと3か月は今のトレーニングカリキュラムで体を作ってこい。ほら、しっ!しっ!」
最後は犬を追い払うようにしてコーチはベンチ裏へと消えて行く。
「すみませーん。新井さん、どいてくださーい」
グラウンドキーパーチームにもあごでどかされ、俺はとぼとぼと歩きながら球場の外に出て、ロードワークへとでかけた。
あー、試合出たいよー。野球やりたいよー。
そもそもビクトリーズというチーム自体、70人の支配下登録が許されているのに、確か62、3人しかいないのよ。
それでいて、1軍には28人の選手が帯同していて、中には怪我していたり、調整中の選手がいるから2軍には30人ちょっとしかいないようなもん。
俺みたいな選手とはいえ、頭数として入れておかないと万が一ということもあるのに。
後になって野手が足らないからって言われても知らないもんね。
俺はそんな感情を抱いたまま、ロードワークに出かけ、いつものようにエネルギー補給でシェルバーに寄ると、接客に来たポニテの店員さんにいろいろ話を聞いてもらってしまった。
俺は本当にプロ野球選手なのだろうかとか。
俺の居場所はチームにあるのだろうかとか。
年末契約更改でクビを切られてしまうのではないだろうかとか。
今さらだけど、コーヒー嫌いだから、紅茶的なやつを出してくれない? とか。
そんな話をすると、ポニテの店員さんは………。
「ごめんなさい! コーヒー苦手だったんですか!? 私が淹れたコーヒーをいつも美味しそうに飲んでくれるから、私てっきり………」
そう言って彼女は出しかけたコーヒーを持って、お店の奥へと行ってしまった。
やべー。気を使わせちまったなあと反省しながら、改めて出されたアイスティーを申し訳なく、味わいながら、しばらくの間、またポニテちゃんと楽しくお話してつかの間の休息を過ごしていた。
「それでは、続いてプロ野球。オープン戦が始まりました。まずはキャンプ地鹿児島で新規参入北関東ビクトリーズのゲームです」
遅い帰宅から山吹さんの部屋で飯を食い終わり、ポチッと点けたテレビでは、プロ野球の速報が伝えられていた。
「北海道フライヤーズから移籍した、北関東先発の広元は、今日は直球が走っていたと本人が言っていたとおり、140キロ中盤のストレートに、得意のスライダーが冴え渡りました。5回を投げ被安打3、1失点のピッチングで先発の役割を果たします」
テレビでは、開幕投手を指名されたという北海道フライヤーズから移籍してきたサイドスローの広元さんが大阪のチーム相手に好投したようだ。
そして、うちの新外国人。シェパードとかいう名前の真っ白の肌が日焼けして腫れたように赤くなったイタリアン助っ人が豪快なホームランを放っていた。
「しかし、大阪ジャガースも7回、1打逆転、満塁のチャンスにドラフト1位ルーキーの柱谷。高めの変化球を捉えると打球はライトスタンドへ。ルーキーの嬉しいオープン戦第1号でジャガース快勝です!」
負けとるやないかーい!
北関東ビクトリーズ 先発広本の試合後談話。
「思っていたよりも、腕がよく振れた。ケガでここ数年このオープン戦の時期に投げていなかったので、そういう意味では収穫。開幕までのあと1か月で、もう少し状態を上げていきたい」
北関東ビクトリーズ、萩山監督の試合後談話
「今日は広本がいいピッチングを見せてくれた。助っ人のシェパードにも1発が出たし、負けたがいいゲームが出来たと思う。1軍2軍問わず、全ての選手に実践でチャンスを与えたい」
大阪ジャガース 逆転満塁本塁打を放ったドラ1ルーキー柱谷の試合後談話。
「自分のスイングを心がけようと思っていた。満塁ホームランは出来すぎだけど、素直に嬉しい。次の試合も頑張ります」
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