俺って何のための選手なんですかねえ。
「さ、食べて」
目の前に用意されたのは、肉じゃがと焼き魚。里芋と人参の煮物。そして、炊き込みご飯と味噌汁。さらには小鉢に入った、インゲンと小松菜のごま和えもあり、彩りよし。
最初に食べた、ビーフシチューも上手に作れているなあと感動しましたけれども。
こんなちゃんとした和食も作れるんだと、感動しながら、俺は両手を合わせていただきますと声を発し、狂ったようにご飯をかきこむ。
「今日もいっぱい練習した?」
そう訪ねる彼女に、俺はパンパンになっている二の腕とふくらはぎを見せつける。日頃のトレーニングで多少は出来上がってきた肉体だ。
彼女はそれを見て二の腕をぷにぷにと押しながら、まだあんまり硬くないねとボソッと呟き、俺の純情ハートを傷付ける。
この前の夜といい、まだツンモードは発動中の様子。瞳の奥を見れば、ちょっと無理してそんな風に振る舞って見えるのが少し可愛らしい。
「でも、新人合同自主トレの時よりも体が全体的かながっちりしてきたね。ちゃんと毎日トレーナーさんの言うこと聞いてるの?」
「当たり前よ。これからどんどんマッチョになっていくから期待してくれたまえ」
「うん。期待しとく」
俺の曇った表情を察したのか、彼女はそんな風にフォローしながら最後は可笑しそうに笑った。
俺もそんなつもりはなかったのだが、なんだかそう言われると恥ずかしくなってきたので、二の腕の捲りを解いて、炊き込みご飯のおかわりを要求した。
そんな感じで俺はトレーニングと美味しい食事を繰り返す日々。
朝早く練習場に行き、昼までロードワークをし、午後は体作りの筋トレをし、それに飽きたら、サングラスをかけたりして変装をして2軍の練習に忍び込んだり、それがバレてベンチ前で正座したり。
そんな感じで傷付いた俺の純情ハートを山吹さんに慰めてもらったり。
そんな日々が3週間ほど過ぎると、なんだか2軍のチーム全員がざわざわとうごめき出した。
選手達は目の色を変えて練習に取り組み、コーチ陣はやたら集まって井戸端会議をし、特に2軍監督と2軍ヘッドコーチがコソコソと密談しているのだ。
「おい、新井。そんなところで何をしているんだ?」
怪しい2軍監督の動きを探っていると、知らんコーチが俺の首根っこを掴んだ。
「お前はトレーニングルームにいるはずの時間じゃないのか? どうしてグラウンドにいる」
コーチはグラサン越しにニヤニヤしながらも、このざわめき立つチームの理由を教えてくれた。
「お前も、もちろん知っているだろうが、そろそろオープン戦が始まるだろう? 今ここでキャンプしている2軍も対外試合の時期に入ってきたのさ」
あー。もうオープン戦の時期かあ。全然気にしてなかったなあ。
走り込みと筋トレばっかりしてたから、自分が野球選手ということ忘れかけるよ。
「今日から、独立リーグに所属するチームや社会人チームと試合するからな。そこで結果を残せば、1軍の鹿児島キャンプに合流できるってわけだ」
あー、なるほどね。だから他の選手達は異様に気合いが入っているのか。
それじゃあ俺も試合に出る準備しないとな。
いやー、緊張するなあ。
1回ロッカーに戻って、バットとかヘルメット持ってこないとなあとウキウキする俺の首根っこがまた掴まれた。
「そっちはベンチだぞ。どこに行くつもりだ? もうミーティング始まるんだから、邪魔すんじゃねえよ」
どこに行くつもりって試合する準備に決まってじゃん! と答えると頭をバシッと叩かれた。
「お前、試合に出れると思ってんのか? 今のお前なんか社会人や独立リーグの中でも通用しねえよ」
じゃあ、何でビクトリーズは俺を獲得したんですかねえ。
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