サンタさんじゃないけど、真っ赤なアメリカおばちゃんが来ちゃった。

なんとなく嫌な雰囲気というものに、人間は敏感なものである。例えば病院の待ち合い室なんかで、一人言をぶつぶつと言っているおじいちゃんがよりにもよって自分の隣に座ってくるようなそんな感覚。



もちろんそのおじいちゃん自体は、ただぶつぶつ言っているだけで無害な人物ではあるが近くに座って欲しくないのは事実。


昔ラブホがない時代はどうしていたのかと訊ねれば、終電が行った後の駅周りがアツいと教えてくれる確率が一応はある。


しかしながら待ち合い室の周りにいる他の人達の、自分の隣に来なくてよかったという安堵の感情がただ漏れてくるのが分かりますからさらに居心地が悪くなるのは確か。明らかな貧乏くじを引いてしまったわけですから。



それとベクトルは少々違うが、紛れもない嫌な雰囲気が今の俺を包み込んだ。



「オジャマシマス!」




という、覚えたばかりの言葉が辺りに響く。そしてその声の主が俺の隣に座った。


その瞬間にただよう香水の匂い。明らかに日本情緒からはかけ離れた米国臭。


粉末を溶かしたお茶を湯飲みで口に含みながら、その隣を確認。


1番に目を引いたのは、なんともインパクトのあるお召し物。


マグロの血のように真っ赤なスーツに身を包んだ少しウェーブかかった金髪の外国人と思われるおばちゃんがそこにいた。



トラウトサーモンのようなピンク色のブレスレットを手首に巻いており、首からはシメサバのような光具合のネックレス。真鯛のように大きなダイヤモンドがそのネックレスの先端でこれでもかと輝いていた。



そう、明らかにセレブな佇まい。結構お年を召しているようだが、お姿はまだまだ若い。エネルギーを感じる。



お主は大統領夫人か!というツッコミが今のところのベストチョイスである。







「フーン………フフーン……」




俺がタコを堪能し、オススメとなっている中トロの炙りを2皿注文している間。




右側に座った、その真っ赤なスーツの外国人おばちゃんは、カウンターテーブルに両肘をついて、物珍しそうな様子で店内を見渡している。



カウンターの中で握る職人の動作を興味深そうに観察したり、指先でちょんちょんとタッチパネルをいじったりと、落ち着きがない。




連れの人はいないようで、側に俺がいるだけの形。




なんだかさらに嫌な予感がする。




「おまちどおさま! おまちどおさま!」




「ワオ! オー、…………アハハハ!」




中トロの炙りを乗せたピロリロ新幹線が俺の元まで到着すると、おばさんは激しいリアクションを見せた。




「オー! ワンダフォー!!」




外人おばちゃんは寿司の乗った新幹線に歓声を上げるように拍手をして、さらに俺の方を見て目を見開きながら笑っている。



目の前に広がる光景が楽しくて仕方がない。これが夢に見た、ニッポンのお寿司屋さんだ!という感じで目をキラキラと輝かせている。





段々と周りのお客さん達も外人おばちゃんの存在に気付き始め、くすくすと微笑ましそうな視線を向けている。




「オイシイ?」




外人おばさんは、中トロの炙りを食らおうとしたその瞬間に、事もあろうか片言の言葉を俺に投げ掛けてきた。





だいぶお楽しみなさっているし、無視するのも可哀想なので、俺は頷きながら美味しいよと答えた。




すると、自分でもいよいよ味わいたくなったのか、見よう見まねで外人おばさんは流れるコンベアから、目の前にあった1皿をひょいと取った。




「オイシソウ………」




おばさんは片言でそう呟くと、小皿に醤油をドボドボと垂らす。




目の前に立てられた割り箸を持ち、腕に着けたやたら高級そうなサーモンアクセサリーをテーブルにこすりながら、少し怖がるようにして箸を割り、今にも崩れてしまいそうなまで力を入れながら、危なっかしくサーモンの握りをギリ掴む。




そして、シャリを半分お皿に落としながら、口の中へと運んだ。




その瞬間。まるで通販番組で驚くパツキンアシスタントのお姉ちゃんのように、顔全体がそのまま飛び上がるような勢いでおばさんは微笑んだ。




何故だか俺に向かって、もぐもぐとしながら親指を立て何度も大きく頷く。




もう片方のサーモンも口に放り込み、すぐさままたコンベアの寿司に手を伸ばした。




観光で来たのかなんなのか知らないけど、面白い人もいるなあと思いながら、俺はサラダ軍艦をとりつつ、赤身の美味しさをまた堪能していた。






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