VSもちゃ男
「ストラックアウト!!」
これで4つ目の三振。
7人の打者が相手左腕に立ち向かうも、ことごとく打ち取られた。
投球のテンポもよく、常にランナーが1塁から始まるケース打撃だけど、ランナーが居ても苦にしないタイプのようだ。
「ストライーク!!」
ネクストバッターズサークルから見ると、さらにその迫力あるストレートを目の当たりにした。
今までの野球人生でこれほど速い球を見た事はなかった。
高校時代にMAX140キロのボールを投げるというピッチャーと対戦したけど、そのピッチャーよりも数段速い。
もちろん控え選手だったから、ベンチで見てた時の感覚だし、スピードガンで計っていたわけではなかったから、140キロ出ていたとは限らない。
しかし、どう考えてもそれよりはえーよ。
「ストライク! バッターアウト!!」
やべえ。8番の人もあっさり三振しちった。
もういいや。3回ホームラン狙いでフルスイングしてこよっと。
1回でもバットに当たったら俺の勝ちね。
もうそのくらいの感覚でこのピッチャーに挑戦することにした。
マウンド上にいるもっちゃり左腕をよーく観察しながら、ゆっくりと右打席に入り、バットを構える。
マウンド上の左ピッチャー。ずんぐりとした体型ではあるが、腰周りを中心としてしっかりとした体幹。ケツでかくて、なんというか馬力が出そうな立派な体つきだ。
そのピッチャーがキャッチャーとのサインの交換を終えて、ピッチング動作に入る。左足をプレートにかけて、引いた右足をぐっと力強く上げ、深く踏み込むと迫力のある投球フォームで、ストレートを投げ込んできた。
その瞬間、俺は激しい違和感を覚えた。
8人のバッターをなで斬りにしたそのストレートがすーっと静かに向かってくるように見えたのだ。
それにビックリして、ほぼど真ん中にきたそのストレートを見逃してしまった。
「ストライク」
当然そうコールされる。しかし、そんなことはどうでもよくなった。
なんだ今の感覚は………。
あのもちゃ男が投げたストレートがまるでスローモーションのように…………。
いやいや、そんなはずはない。
甘いボールを見逃してしまった。とにかくなんとかしなければ……。
俺が最もヒットを打てる可能性があるとすれば、外から入ってくるようなカーブ。
昔から変化球をミートするのは得意だった。それをカツーンとライト前に運べる可能性はある。
調子の良かったフリーバッティングの感覚を思い出すんだ。
2球目。
足を上げるタイミングを計りながら、セットポジションに入るピッチャーをにらみつけひたすら唱える。
カーブ。カーブ。カーブ。カーブ。カーブ。カーブ。カーブ。カーブ………。
カーブにヤマを張る。
出来れば外から入ってくるカーブ。
ピッチャーが足を上げて、ボールを投げてくる…………。
ビュン!
………ククッ!
マジで、カーブが来た!!
ボールを打ちにいったというよりは、俺のスイングの中にボールが飛び込んできてくれたイメージだった。
高めから真ん中付近に曲がってきたボールを俺は渾身のスイングで迎え打つ。
バットのやや先だったが、上手くボールの真ん中を叩けた。
1塁手の頭上に打球が飛ぶ。
そしてその打球は、飛び付いたファーストのクラブの先をすり抜けるようにして、ライト線へポトリと落ちた。
「回れ! 回れ!」
「3塁行けよ! 3塁!」
打球を見ながら夢中になって1塁に向かって走る。
決して芯で捉えた打球ではない。
しかし、ライト線ギリギリに落ちた打球はスライスがかかり、ファールグラウンドを転々とする。
俺が1塁ベースに到達した時にやっとライトが打球に追い付き、中継に返す。
守備側に出来るのはそこまでだった。
シングルヒットとしては最高の結果になり、ランナー1、3塁のチャンスを作った。
「オッケイ!! ナイバッチ!」
「よっしゃ! 次も続いていきましょう!!」
さっきまで文字通り抑えられて沈黙していた後攻組が一気に盛り上がっているのを1塁ベース上からぼんやり見ていた。
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