トンカツでも食べたい気分だ。

「オーライ、オーライ!!」




ケース打撃の最終打席。俺が打ち上げたフライが高々と上がった。



このプロテスト最後の打球。至って普通の凡フライである。




打ち上げたフォロースルーでしばらく打球を見つめてから俺はようやく1塁へと走り出す。




ライン際で構えた三塁手がその打球をキャッチし、後攻組の打撃テストも全て終了した。




ゲージや道具が片付けられ、残っている選手もグラウンド整備を手伝うようにビクトリーズのコーチやスタッフに促され、俺もトンボを持った。




「新井さん! お疲れっす!! いやー、俺ら大活躍でしたねっ!」




静かに余韻に浸りたかったのに、また柴崎が近付いてきやがった。




俺の後ろに並ぶようにして、まだ手付かずだったファールグラウンドをならしていく。




「見ました? 俺の2打席目のスリーベースヒット。もう少し伸びてたらホームランでしたよねー。1塁にいた新井さんがホームまで走ってくれたから。それで俺に2打点つきましたから、嬉しかったすよ!!ナイスっす!」




うるさいなあ。俺の初ヒットで相手左腕のペースを崩したから甘い変化球が来たんだよ。1打席目はあっけなく3球三振だったくせして。



たまたまど真ん中付近にきたボールを長打にしたからって調子のいいやつだ。



確かにその失投を1発で仕留めてあわやホームランになりそうな打球を打つんだから、さすがは大学でバリバリやっていただけのことはあるけど。




まあ、いいや。とにかく早く帰りたし。



緊張から解放され、どっと疲れが出たのは俺だけではないようで、2次テストまで残った選手達も、柴崎以外は無駄口叩くことなく、黙々と片付けやグラウンド整備を行う。



その甲斐もあり、あっという間に使用したグラウンドはきれいになり、選手達はそのグラウンドの隅に集められた。



「皆の者。2次テストもご苦労だった。見ていた限り、個人個人自分の力を出せたようで何よりだ。このトライアウトの結果だが、来週のドラフトで指名する形で知らせる事になる。特に質問がなければ解散とする。何かある者はいるか?」




なるほど。ドラフトで指名されなきゃ分かんないのね。もしかしたら誰か指名されるかもしれないし、この中から誰も合格者は出ないかもしれない。



それはこれからのコーチ陣やスカウト連中の報告と当日のドラフト次第ってところか。






さて。腹減ったから早く帰ろ。途中のトンカツ屋にでも寄ろうかな。






もう解散となったので、一応テストに関わったコーチ陣やスタッフの人にそれぞれお礼を言って、俺はベンチ裏から球場の外に出る。




すると、やはり奴に捕まった。




「新井さーん! 車で来たんすかー!? 駅まで乗せてって下さいよー!」




ちっ。コーチ達に挨拶するふりしてあちこち歩き回って撒いたつもりだったのに。柴崎め、なんてめざといやつ。




「いやー。バス待つのめんどうだったんでちょうど良かったんすよー!」




俺がいいともダメともいう前に、この柴崎は勝手に車のドアを開け、自分の荷物を後部座席に投げ入れ、さっさと助手席に乗り込みやがった。




もはや溜め息すら出ない。




乗り込まれた俺の負けかと、諦めて車に乗り込むと、ユニフォーム姿の男が1人、駐車場近くのバス停前で途方に暮れていた。




ケース打撃で対戦し、1番いいピッチングをしていた左腕のもっちゃり男だ。まあ、俺はいきなりヒット打ってやりやしたけどね。




だから俺はそのまま車を発進させて、バス停の前に立つそのもっちゃり男に上から目線で声を掛けた。




俺は辺りに響くくらいの声量で、冬の間は使えないバス停だと教えた。




しかし、男はこちらに振り返りはしたが、何故だかキョトンとしながら俺の顔を見てるだけでなにも言わない。




「なんだあ? あいつ。聞こえねえのか?」




柴崎も様子がおかしい事には気付いたようだ。




その男の顔と様子でなんとなく日本人ではないんじゃないかと、俺はそこでようやく気付いた。




中国人か韓国人かそれは分からないけど、使えないバス停を眺めていたくらいだから、足はないのだろう。




俺の車に乗れよとジェスチャーで合図した。




「アリガトウ、アリガトウ」




なんとなく意味が伝わったようで、もっちゃりしたその男はセカンドバッグを肩から下ろして抱えるようにしながら、ペコペコと俺に頭を下げつつ、素早く後部座席に乗り込む。




車に乗り込んだもっちゃり男は、バックミラー越しにニカッと笑いながら、俺と目が合うとまたペコペコしている。




「おい。お前、名前は? ………あー。そうか、日本語は分からねえんだったな。………ホワ? ワッチュユアネーム?」




助手席から柴崎が何故だかケンカ腰ながら、なんとか絞り出した適当な英語で尋ねるともっちゃり男は答えた。




「ロンパオ! リ! ロンパオ!!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る