諦められるほど何かやっていたわけでもない。
俺、新井時人の高校野球は、ありきたりだが不完全燃焼のまま終わってしまった。
中学時代は軟式野球で全国大会にも進み、自信を持って高校野球に進んだのだが、思うような活躍は出来ずに、3年間控え投手に甘んじてしまった。
しかし、右方向にしぶとく打ち返す流し打ちの技術だけなら、俺はチームの中でも優れた方だったと、今でも胸を張って言える。
それでも出場機会になかなか恵まれない。投手というポジションもあり、それを発揮する場面はあまり訪れることはなかった。
だから、最後の夏の大会で試合に負けた瞬間でも、俺は終わった気が全くしなかった。
周りのチームメイト達は敗戦が決まった後、汚れたユニフォーム姿のまま、全てが終わったようにグラウンドにしゃがみ込んで泣きじゃくる。
それを横目にしながら、洗ったばかりのような真っ白なユニフォーム姿の俺は次の試合のチームの邪魔にならないようにと、冷静に散らかったベンチの中を片付けていた。
俺はこんなところで終わりじゃない。
全ての高校球児が最も絶望する、3年の夏が終わった瞬間に俺は1人唇を噛みながら、まだまだだと諦めることはしなかった。
そう思い続けているからこそ、俺はそれから約10年経っている今でも、平日の午前中からこうしてバッティングセンターに通っているのだろう。
他には誰も客のいない閑散としたバッティングセンター。
普通の人ならば、真面目に働いているこの時間に、こんな場所に通いつめている虚しさを振り払うように、機械から放たれる軟式ボールに向かって、俺はすっかり手に馴染んだ金属バットを振り続けた。
地肩は強かった方だったから投手として期待されたけど、故障があったり、監督が変わってからは全く試合に使われなかったり。
貧乏な家庭だったから、大学に進むのも難しかった。
しかし、なんでもいいから野球がやりたかったから、高校を卒業してすぐ、地元の小さな金属工場に就職した。
大して給料もよくないし、仕事はきつかったけど、そこには市内で唯一の硬式野球部があった。
部員は30代中心のおじさんチームだったけど、県内では結構強くて、もう少しで都市対抗野球に出れるところまで行ったりもしたもんだ。
不景気の煽りを受けて、在籍わずか半年で会社がつぶれたりしなければね。
社会人野球では、レギュラーを目指すとかそんなことを言う前に野球部がなくなってしまった。
しかし、そこで半年だけお世話になったコーチに………。
「君、逆方向に打つのは上手いね。……パワーはないけど」
そんな言葉をもらった。
確かに、野球を始めた頃からそう思う節は幾度となくあった気がする。
これは過信でも自信過剰でもなく、内野の頭を越すような打球。野手の間にしぶとく落ちるような打球ならば、しっかりボールを見極めて、流し打てば、なんとか打てる。
右方向への流し打ちだけでいいのなら、どんな球が来てもなんとかなるような妙な自信が何故だかあった。
思い起こせば、物心ついた時から野球をしていたけど、簡単に三振してしまった記憶もあまりない。
流し打ちに徹すれば1つの打席でストライクを3つ取られることなんてほぼなかった。
スポーツをやるような連中の中では、身長もそんなに高くなく、がっちりとした、いい体格をしているわけでもない。
ホームランになるような豪快な当たりを打つことは出来ない。
しかし、ボールをバットの芯で捉えることだけに関しては誰にも負けなかった。
その打球がまかり間違って外野の頭を越えていくようなことはなかったので、あまり目立つこともなかったのだが。
不遇とも言える高校時代には、春先にチームを二分して行う紅白戦ですらも、ある時から俺はマウンドにも、バッターボックスにも立たせてもらう事は出来ない。
赤組の先発は同学年のエースが務め、白組には1つ下の期待されていた後輩ピッチャーが上がる。
俺はその2人のピッチングをジャッジする球審の役目を買って出るしかなく、2人の出来がよければ、本当に出番なく、紅白戦が終わる事もある。
そんな中、球審として何百球という投球をジャッジするわけだが、ほとんどミスらしいミスもない完璧なジャッジだと、毎回自画自賛している。
ボールを見る目にも多少の自信があった。
調子がいいときには、ピッチャーがボールを放した瞬間に、どの球種がどの辺りコースに来るのか、それがストライクなのかボールなのか、簡単に予測出来る気がしたくらいだ。
他の部員達は入部したての1年生でも、それぞれ最低限の出場機会をもらっているが。
俺は1打席も、1球さえも出番なく、紅白戦が終われば、審判の防具とマスクを外して、グラウンド整備に混ざる。
今日は3安打して満足しただとか、上手くダブルプレーを取れたとか。
仲間達はそんな話をしながら楽しげにトンボを持ち、グラウンドをならす。
俺は土日の練習の度に朝早くから準備をして弁当を持たせてくれる母親に申し訳なく思いながら、夕日を背中にグラウンド整備をしていた。
その日が続く中で食べる弁当は、心なしかいつもより冷たい気がしたものだ。
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