4
魔王の居城は、踏破不可能とされる険しい山に囲まれている。
抜け道の洞窟を知っている者がいる、という噂を聞いた俺たちは最後の街、リゾルートを訪れていた。
幸い、情報提供者はすぐに見つかった。なんでも、かつて勇者の祖父と冒険していた賢者らしい。そりゃ、抜け道を知っているはずだ。
賢者と会ってから、俺たちは早くに宿屋入りすることにした。
長旅の疲れを十分に癒してから洞窟へ向かう。そういう計画だ。
だが、アラルガンドの幻影を見て以来、俺は迷っていた。
このまま勇者とともに死地へ
骨も残らないような死に方は彼女にしてほしくない。すごくいい子だ。生き残って幸せになってほしい。
とはいえ、魔王討伐を簡単に中止してくれるほど、彼女の意志は脆くない。
じゃあ、これならどうだ。
俺ひとりで魔王城に乗り込んで、ケリをつける。
それでうまくいけば万々歳だし、うまくいかなかったとしても――賢者に後のことを頼めばいい。
満月が空に昇った頃、俺はベッドから抜け出し、装備へと手を伸ばした。
そのときである。
こんこん、と控えめなノックが部屋に響いた。
扉が軋みを上げてゆっくりと開く。
げ。
そっと室内を『しらべる』ネグリジェ姿の勇者と目が合った。
俺の浅はかな企みなど、『賢さ』カンストの勇者はあっさりと看破していたのだ。
彼女は大股に歩み寄ると、大層お怒りである、爪先立ちで俺の胸倉を掴んだ。
張り倒される。
俺は目を閉じた。
『力』のか弱い彼女の一撃など、大したことはない。
でも、きっと痛いのだろう。
そう覚悟して今か今かと待っているのに、衝撃はいつまでも訪れなかった。
ふっと預けられる体と首に回される腕の感触に、俺は驚いて目を開く。
勇者の顔がすぐ近くにある、と思った次の瞬間には、しっとりとした唇が俺の口に押し『しらべ』られていた。
俺もたまらなく愛しくなって、彼女をしっかりと抱き締める。
身勝手だとお思いだろうか。
だが、本当は俺だって勇者とは離れたくない。生き残って幸せになってほしい? いいや、彼女を幸せにするのは俺以外の誰でもないんだ!
勇者はぷはっと息継ぎをした。
顔がのぼせているのは決して息苦しさのせいだけではないだろう。
澄んだ瞳がこれ以上を求めて大きく揺れていた。
男になるときだ。
こうなったらもう、夜の『ガンガンいこうぜ』である。
勇者を抱き上げてベッドに横たえる。窓から差し込む月明かりに照らされて、彼女の肢体はいつになく艶めかしかった。
俺はごくりと喉を鳴らして囁く。
「やあ、今日はいい天気だな」
彼女はこくりと頷き、自らネグリジェを『しらべ』て――
……。
…………。
朝の陽射しにもぞもぞと動くと、俺の胸板を枕にしていた勇者もぼんやりと目を開けた。
あ、すまん。
頭をぼりぼりと掻いた俺は彼女の背中に腕を回し、その温もりを思う存分堪能する。
長旅の疲れを癒すはずが、ちょっとした長期戦になってしまったなあ。
彼女もまた気恥ずかしげにはにかんで、俺を『しらべ』た。ええい、甘えん坊め。
……とまあ、なんやかんやあって。
早くに宿を引き上げた俺たちは、妙ににこやかな宿の主人と賢者に見送られてリゾルートの街を発った。
向かう先は魔王の居城。必ずふたりで生きて帰る、と誓い合って。
――え? 肝心の決戦はどうなったか、って?
そのことについてはあまり語りたくないな。
とにかく後味が悪かった。
向こうには向こうの正義があったというだけの話だ。それが俺たち人間にとって善か悪かはさておきとして、な。
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