3
ある夜、奇妙な街を見つけた。
先日立ち寄った街の住民によれば、「この先にはもう何もないよ」という話だが――
俺と勇者は互いに困惑顔を向け合って、恐る恐る街に近づいていった。
遠く離れていてもわかるほどの賑わいだ。
入口に立っていたお下げの女の子が、それはもう嬉しそうに飛び跳ねて出迎えてくれた。
「ようこそ、アラルガンドへ!」
どこの街にでも村人Aみたいな気さくなやつがいるものだ、と俺が笑みを返そうとしたときだった。
「旅人さんですね? グッドタイミングですよ! アラルガンドはお祭りの真っ最中なんです! さあさ、中へどうぞ!」
女の子は俺たちの案内役を買って出たのだ。
勇者が俺の腕をそっと『しらべ』た。その指先はかすかに震えている。
ああ、わかっている。
こんなに長い台詞を喋るということは、すでにイベントが始まっている証拠だ。
俺は勇者に頷き返し、女の子の後をついて街に入った。
なるほど、祭りというように、家や柵には植物を使った飾りつけをしている。でも、この辺では見かけない形の葉だ。
俺がその葉に手を伸ばそうとすると――
「可愛い飾りつけでしょう!」
女の子が強引に割って入ってきた。
「私たちが作ったんですよ。さあさ、広場はこっちです。もうすぐダンスパーティーが始まりますよ!」
あ、ああ……。
俺は伸ばしかけた手を引っ込めた。
おかしい。女の子の動きが全く予測できなかった。と言うか、まるで一流の剣士を相手取ったかのように気配が感じられなかったのだ……。
強まる不安と対照的に、どんちゃん騒ぎは激しさを増していた。
広場では楽器を演奏する住民と自由気ままに踊る住民に分かれて、思い思いに祭りを楽しんでいた。
空には花火が上がり、夜空を明るく照らしている。
「失礼ですけど、おふたりは恋人なんですか?」
女の子に顔を覗き込まれた勇者は、どきりと肩を竦ませた。
その反応に、女の子はにっこりと笑う。
「いいなあ。私も旅に出て、素敵な人を見つけたいなあ。両親に話したら、猛反対されちゃって……ひどいと思いませんか? 世界はこんなにも平和なのに、街から一歩も出ちゃいけないなんて」
それは突然だった。
どん、という打楽器の音と同時に、家屋が木端微塵になって宙を舞った。瓦が、壁が、床が、見えない力によって粉砕されたのである。
いいや、音が建物を吹っ飛ばすだなんて、魔法のドラムでもない限りありえない。
街を
山のような大きさの巨体が尻尾を振るって、家や人を薙ぎ払ったのである。
馬鹿な! あいつは俺たちがアジタート火山で倒したはずだ!
咄嗟に剣を構えようとしたときにはもう、ドラゴンは業火の吐息を繰り出す予備動作に入っていた。呪文の起動も間に合わないだろう。
せめて勇者だけでも守ろうと、盾を構えて前に出る。
なのに、彼女は俺にぴったりと体を『しらべ』させてきた。
何をやっているんだ、きみも死ぬぞ!
押し寄せる炎の波に、なす術はない。
楽器を演奏する人、踊る人、そして隣で笑っていた女の子の姿が蒸発して消えた。
しかし、灼熱はふたりを焦がすことなく通り過ぎる。
恐る恐る仰げば、レッドドラゴンの姿はどこにもなかった。
アラルガンドの街もない。
……そうか。
この先には『もう』何もないよ、と先日立ち寄った街の住民は言っていた。
俺たちは幻を見ていたらしい。
草木の生えない荒地には、塀の残骸か何か、崩れた積み石だけが残っていた。
ここには確かに街があったのだとしても、ずっと昔のことだろう。
震えている勇者に向き直ると、彼女は顔をくしゃくしゃに歪めて泣いていた。
俺は無言でかぶりを振り、そっと彼女を抱き締める。
今日はいい天気、ではない。
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