2
道中、魔物とは遭遇しなかった。
厳密にいえば、生きた魔物に襲われることがなかった。
勇者の墓に辿り着くまで俺が目にしたのは、魔法で灰と化したか、氷漬けにされたか、どちらにしてもぞっとする死体ばかりだ。
なのに、魔物のそばには必ず一輪の花が添えられている。
複雑な気持ちを抱きながら南の森の道なき道を突き進むと、すぐに『勇者の墓』は見つかった。
意を決して暗闇に飛び込むと、呪文の起動音と魔物の奇声が耳に届く。
戦闘中だ!
急いで駆けつけると、不気味な光を放つ甲冑の戦士が誰かに迫っている。
壁際に追い込まれているのは勇者だ。
一生懸命に杖を振りかざし、火炎呪文、氷結呪文と持てる攻撃呪文を試す。
しかし、特殊な甲冑に魔力を吸われ、ダメージになっていない。
道具屋の親父の言う通りだ。住み着いている魔物は呪文に強い。『力』の弱い勇者にとっては天敵である。
戦士は抵抗をものともせず、錆びた斧を高々と振り上げる。
勇者がびくりと肩を震わせ、その光輝く目を閉ざしかけた。
させるか!
俺は『鋼の盾』を構え、無防備な戦士に体ごとぶつかっていった。
鎧を着ているにしては異様な軽さだ。
戦士の吹っ飛ぶ音に、勇者は大きく目を見開いた。
涙で濡れた瞳が俺の意志を『しらべる』。
答えはひとつだ。
「やあ! 今日はいい天気だな!」
俺は倒れた戦士に猛然と駆け寄り、『鋼の剣』を振り下ろした。
分厚い刃による一撃は甲冑をいとも容易くへこませる。
それで、手応えの軽い理由が分かった。
鎧には誰も入っていない。不思議な力で動いているのだろう。
胸に刻まれた紋章が怪しいと踏んで、剣の切っ先を真上から突き下ろす。すると、不気味な光が失われた甲冑はばらばらになって転がった。
なんだ、うちの畑に鍬を入れるよりも容易いじゃないか。
初めての戦闘にほっとひと息つくと、勇者が後ろからしがみつくように『しらべ』てきた。
よっぽど怖かったのだろう。
無理もない。得意とする魔法も通じず、かなり危ないところだったのだから。
俺は彼女が落ち着くのをじっと待つ。
うむ、役得。惜しむべきは、『鋼の鎧』が彼女の柔らかさすらも防御していたことか。
はてさて、彼女がジェスチャーで教えてくれたところによれば、勇者の墓を訪れた目的は封印された呪文を習得するためだとか。
勇者が最深部でそれらしい祭壇に跪いて『しらべる』と、ご先祖様らしき老人が幽霊となって現れた。ありがたいお話は長ったらしいので割愛。
やがて颯爽と立ち上がった勇者は、杖にはめられた宝石の輝きを俺に見せて、深々と頭を下げた。
本当、生真面目な子である。
以後、俺は勇者の旅に同行した。
彼女の大目的は魔物の王を倒し、平和な世界を取り戻すことだ。
……なのだが、困っている他者を見過ごせないタイプらしく、頑固にも『しらべる』コマンドを連打するのである。
そういうわけで、長い旅になった。
元々『力』だけ高い俺だったが、経験値を積んだことで他のステータスもぐんぐんと成長していった。
今となっては名実共に勇者の仲間として一目置かれている。
まあ、どんなに活躍しようと、持たない名前を広めることはできないのだが。
勇者とはどうなのかって?
もちろんトラブルは起きる。何しろ男と女のふたり旅だ。
水浴びしているところを覗いてしまったり、宿の風呂でばったり出くわしてしまったり――
顔を真っ赤にして俯く勇者に身振り手振りで謝るしかない。
ああ、どうして弁解することができないのだろう、と神様を恨んでしまう俺だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます