紅葉祭で大騒ぎ

紅葉学園では、体育祭と文化祭を一年交代で開催していた。

咲が高等部に進学した年は、幸運にも文化祭が二回の年だった。



咲にとっては体育祭が二度開催されるより、文化祭が二度開催される方がよかった。



何しろとんでもない運動音痴なのだから。

咲がまともに出来るのは、ダンスだけだった。



しかし翔にとっては、かなり面白くない日になりそうな予感がしていた。



他校の野郎共が、咲目当てにやって来る、という情報は既に翔の仲間から入っていた。

勿論、翔の仲間も全員集合するのだが。



咲達チアガール部は、文化祭では特別公演を行う事になっていた。



文化祭が近付くにつれ、咲の部は慌ただしくなっていた。

公演のリハーサルや、衣装の準備に追われる毎日が続いた。




リハーサルはともかく、衣装も全て自分達で作るのだ。




実は咲は、裁縫が大の苦手で、全く進まない。

けれどそこをカバーするのが、泉と晴美だった。




咲の事なら何でも知ってる、このふたりが咲を支えてくれるからこそ、咲は部長としてみんなを引っ張って来られたのだ。




翔は咲が残ってる間はずっと傍に付いていた。

咲をひとりに出来ない…と言うのは表向きで、本当は翔が咲から離れるのがイヤだったからなのだが。



部室では狭いからと、他の部が終わった後の体育館で衣装作りをやっていた。



だから何の気兼ねもなく、咲の傍に付いていられたのだ。

体育館で大の字になって転がって、だが。






文化祭当日…----。



翔はまた変な奴が咲を狙って来るんじゃないかと、心配で仕方がなかった。



「翔!」



翔の仲間が声を掛けた。



「どうしたよ?恐い顔してよ?」


「今日は咲の特別公演があるんだよ…だからまた変な奴が紛れ込んでいねぇか、心配でよ。」


「へぇ~咲ちゃんの踊り、見られるのかよ?」


「あぁ、まぁな」


「翔、お前ただ単に、咲ちゃんに他の男の視線が集まるのがイヤなだけじゃねぇの?」


「それもある!だってよ~こーんな短いスカートで踊るんだぜ?俺以外が見る事は許せん!」


「…こりゃあ重症だなぁ~。んで、俺らにも見せてくれねぇのかよ?」


「見たい?仕方ねぇなぁ…じゃあ特別に見てもいいよ。但(ただ)し、写真はダメだからな」


「んで?何時から?」


「午前と午後と二回踊るんだ。何しろ紅葉祭の目玉らしいからな。咲はその為に毎日遅くまで頑張ってたんだ」


「へぇ!そりゃ楽しみだな。取り敢えず何か食わねぇ?」


「うちのクラスで茶店やってるよ。ほれ、食券」


「おっ!さんきゅ。翔は行ねぇの?」


「俺、咲の様子見て来る。何かイヤな胸騒ぎがするんだ」





翔は、体育館のステージの袖(そで)に向かった。

咲はもうそこに行ってる筈だ。




「…咲!」


「翔君?どうしたの?」


「今日は色んな奴が来てる。だから、俺は、お前の傍に…」


「えっ?でもみんなここで着替えるんだよ。翔君いたらみんなが着替え出来ないよ?」




そう言う咲に、泉と晴美が「いいよ、咲。あたしらは倉庫で着替えるから、赤井君にいて貰いなよ」と笑って言った。


「でも…そんな勝手な事をあたしがやる訳には「咲、あんたに何かがある方がイヤだよ。赤井君がいれば、咲は安全だからね」」


「先輩、ありがとう。そう言って貰えれば、咲は俺が絶対に守ります」


「いいよ、赤井君。咲を頼んだからね」


「はい!必ず守ります!」


「翔君…いくらなんでも大袈裟過ぎない?」


「咲、頼むから今日は俺の言う事聞いてくれよ、な?咲に何か遭ったら俺はどうすればいいんだか、分かんなくなっちゃうからよ」




やっぱり咲には自分の立場なんて、これっぽっちも分らねぇんだな。


咲目当てに色んな野郎が来てるんだ。

なんて言ったって、どうせきょとんとするだけだもんな。




なんて話してる傍から、ステージの袖に男が数人入って来るのが見えた。



「おい!ここは関係者以外、立ち入り禁止だぜ」



そう言いながら、翔はその男の方に走って行った。



瞬間!

翔の身体が浮いた様に見えた。

倒れ込む男…。



咲には一体何が起こったのかすら、判らなかった。



翔が侵入者に飛び蹴りをかました。

倒れる男達…。




「翔君?」


「咲、俺の傍から離れるな。まだいるかも知れねぇ」


「え…いるって、誰が?」


「お前を狙ってる奴がだよ」


「あたしを狙ってる…って、何で?」




あ~…やっぱり咲の天然は絶対に治んないんだな。

翔はがっくりと、その場に座り込んだ。




「翔君?大丈夫?どっか痛いの?」


「咲ぃ~お前どうしてそんなに呑気なんだよ。狙われてんだぜ?」


「何であたしが狙われてる事になるの?」


「いや…もういいよ。俺が全部片付けるから。その方が疲れないわ」


「あっ!いっけない!もう準備しなくちゃ。開演の時間だ…って、あたし行ってもいいよね?」


「あぁ、まさかステージで踊ってる咲を狙いはしねぇだろうからな。それに俺もここにいるしな」


「あれぇ~じゃあ翔君はあたしの踊り、見てくれないの?」


「こっからでも見えるぜ。しかも間近でな。俺だけの特等席じゃねぇか?」



ここなら咲が踊ってる姿も写真撮れるぜ。

かなりレアなシャッターチャンスがありそうだもんな。

しかも咲には気付かれないしな。



もしかしたら…。

スカートの中まで撮れるかもな。

翔はひとり、考えてニヤニヤしていた。



が、その視線の先に、ひとりの男の姿が映った。

まだいたのか…。



「おい!ここは関係者「あれぇ?洋一君、泉に会いに来たの?」」




え…?

何だ、こいつ、咲の知り合いかよ?



「咲、お前こいつの事知ってんの?」


「うん。泉の彼氏だよ」


「泉先輩の?」




あっぶねー。

もう少しで蹴り飛ばすところだったわ。



そんな事したら、泉先輩だけじゃなくて、咲からも怒られるとこだった。




「やぁ、咲ちゃん、久しぶりだね....中等部以来だね。相変わらず可愛いねー」




な、何だ?

こいつ、俺の咲に馴れ馴れしく話し掛けてるけど....でも、泉先輩の彼氏じゃ文句も言えねぇか。




「洋一?あんたこんなとこで何やってんの?」


「泉に会いに来たに決まってるじゃん。でもそこで睨んでる人は、咲ちゃんの彼氏?」


「そうだよ、話したでしょう?咲に嫌がらせして来る奴がいるってさ。だから彼氏は咲に付きっきりで守ってるんだよ....あんたも被害者にならなくてよかったね」






無事に午前のステージが幕を下ろした。





「みんな、お疲れ様。午後の集合時間までは自由行動にしましょう」


「「はい。お疲れ様でした」」


「咲、俺達も行こうぜ」


「あっ、そう言えば翔君いたんだっけ。どうだった?あたしの踊り?」


「うん、可愛かったよ。咲が一番上手いな、やっぱり」


「翔君、可愛いっていう褒め方は変じゃないの?ちゃんと見てた?」


「あ、あぁ。勿論、ちゃーんと見てたさ…さて、何処行く?やっぱお化け屋敷が定番じゃね?」


「ふぅーん、そういう定番があるんだ?知らなかったぁー」




咲はわざとらしくそう言った。

翔は素知らぬ顔をして、咲の手を掴んで歩き出した。




「そこのおふたりさん、いつも仲良しだねぇ~」



その声に翔と咲が振り返ると、そこには翔の仲間が全員してにやにやしていた。




「何だ、おめぇらかよ…俺の読み通り、やっぱり咲を狙って来たバカがいたぜ」


「マジかよ?まぁ、でもその気持ちも分かんない訳でもないわな。咲ちゃんマジ綺麗だったもんな。俺らですら見惚れたくらいだからな」


「へへ~んだ!咲は誰にもやらねぇよ~」




翔はあっかんべーをしながら、咲の肩を抱き寄せた。

咲はふざけながらも、珍しく機嫌がいい翔のペースに付いていけないでいた。



しかし…。

咲の幸せな時間もそう長くは続かなかった。

この時の咲からは、翔が自分を裏切る日が来るなんて、夢にも思わなかった。



けれど、咲の頭上には黒い雲が広がっていた…。







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