幸せな時間
10月13日。
咲の18才の誕生日。
翔が、咲の誕生日プレゼントに、ディズニーランドに連れて行ってくれる約束の日。
「お待たせ~」
何時になく、楽しそうな咲の笑顔。
その手には、大きな鞄を持って。
「咲?何?その荷物?」
「これ?お泊り用の着替えとか~シャンプーとか「何でシャンプーまで持って行くんだよ?ホテルにあるだろ?」」
「あ~、やっぱり翔君ってば、今日もまたどっかのホテルに予約入れてあるんだ~。へへ、シャンプーなんて、持って来てないよーん」
こいつ……。
咲の奴、最近俺の行動を読む様になって来たな。
「なにお前、一日で帰るつもりだったの?だっせぇ、普通は一泊して2デーパスポートで二日間遊ぶもんだろ~」
咲にホテルの予約を見破られた翔が、咲をバカにした様にそう言った。
が、咲はそれを聞いて「えっ?えっ?二日間遊べるの?」と、逆に大騒ぎになってしまった。
まぁ、いっか。
咲の誕生日なんだしな。
「じゃあ行こうぜ、咲。しっかり掴まってろよ」
いつも何処かに行く時は、翔の単車で出掛ける。
最初は海だった。
しかも、翔の暴走族が全員集合するハプニングのオマケ付きだった。
それでも咲は楽しかった。
翔と一緒にいられれば、それだけでよかった。
さすがに10月。
単車では結構寒いかも……。
だから翔君は「風邪引かない様にちゃんと着て来いよ。」って、言ってたんだ。
「咲ぃ~大丈夫かぁ~?」
「え~?何がぁ~?」
「寒くねぇか~?」
「大丈夫だよ~翔君があったかいから~」
「じゃあもっとしっかり掴まれ。スピード上げるからな」
「うん!」
咲は翔のお腹に回した腕に力を込めた。
「お、見えて来たぜ」
ふ……と、顔を上げた咲の目に、シンデレラ城が飛び込んで来た。
「きゃあ~ディズニーランド~!!」
咲がきゃっきゃっとはしゃぐ。
翔はそれを聞いて、どっちが年上か判んねぇな、と考えていた。
それでも咲が喜ぶ姿を見るのが、翔は好きだった。
咲、お前が喜ぶ事なら、俺は何だって叶えてやるよ。
お前、本当はまだ辛いんだろ?
大会で金賞取れなかったんだからな。
あんなに練習しても、取れねぇもんなのかよ?
あの日、帰って来た咲の、泣き腫らした痛々しい姿を見たのは、初めてだったな。
あの日、初めてお前から「帰りたくない」って言って来たんだもんな。
俺が咲の辛さ、忘れさせてやるって思ったよ。
いつも元気で、頭いいのにどっか抜けててよ、俺はそんな咲にずっと振り回されっぱなしだよな。
そんでも泣いてる咲なんか、見たくねぇよ。
咲はいつでも笑ってる方が可愛いんだからな。
今日と明日はずっと一緒だ、咲。
勿論夜も一緒だぜ。
ここが一番重要なんだけどな、俺的にはな。
「…けるくん、翔君?道、間違ってない?」
「へっ?こっちじゃねぇの?」
「駐車場の入口って案内出てたよ」
「何処だよ?もっと早く言ってくれよ」
「言ったよ?でも翔君全然聞いてないんだもん」
「……ふぅ~何とか入れた」
ってか、ここ駐車場広過ぎだろ?
何処に停めたか、判んなくなるじゃねぇかよ?
「翔君、ここ、ドナルドのAだって。あたしメモしとくね」
「へぇ……、やっぱ咲って、頭いいよな」
「翔君、もしかしてディズニーランド初めて?」
「あ~…そういや、来た事なかったわ」
「じゃあ、あたしが案内してあげる。泉達とか、他の友達とかと何回か来てるから」
「咲ぃ、他の友達ってのは、まさか男じゃねぇだろなぁ?」
「ぶっ、まさか。あたしに翔君以外こんなとこに一緒に来る様な男の人なんか、いる訳ないじゃん」
「いらっしゃいませ」
「あー高校生と小学生「誰が小学生なのかな?あたし今日誕生日だったと思うんだけどなぁ」」
「あれ?咲ってまだ小学……ポカッ!いってぇ~、何すんだよ?」
「すみません、この人頭のネジがどっか行っちゃったみたいで。高校生ふたり2デーパスポート」
「はい、高校生ふたりで2デーパスポート。19600円です」
「はい、えっと財布……「咲、ほれ、金」」
翔がぽんと咲に二万円を渡した。
「え、でも、翔君に全部出して貰う訳には「お前の誕生日だろ?俺からのプレゼントだからな。咲には後でもっといいもの貰うからよ」」
いいもの?
何の事だろ?
「ねぇ、翔君、あたし何にも持ってないよ?」
「持ってるじゃねぇか、俺の一番好きなものをよ」
そう言われても、咲には何の事だか見当がつかなかった。
「ねぇ翔君、何の事「いいじゃねぇか、どうせその内判る事だし。とにかく今は遊ぼうぜ」」
何となくはぐらかされた様な気がする……。
ま、いっか。
その内判るって、言ってるんだから。
「さて、やっぱり最初は絶叫行こうよ?」
「うん、じゃあスペースマウンテン、行こう。翔君、こっち」
咲は翔の手を掴んで走り出した。
おいおい、まさか咲の奴、こん中全部覚えてるんじゃねぇだろな。
が、実はその『まさか』だった。
咲の頭の中には、完璧にこの夢の国の地図がインストールされていた。
「翔君、あそこ。スペースマウンテンだよ」
息を切らしながら、咲は頬を紅潮させながら言った。
「あれ~?咲、お前身長足りねぇんじゃねぇの?」
「そこまでちっこくないもん!翔君だって、バスケやるのには足りないんじゃないの?」
「俺様は天才だからな、身長はカンケーねぇんだよ~」
「あ、成る程。ボール投げればいいんだもんね?身長って関係ないんだぁ。知らなかったなぁ」
「咲ほど運動出来ない奴も珍しいんじゃね?球技大会のテニスは、マジで笑えたわ」
「いいの、運動出来なくても生きて行けるもん。翔君がいてくれればあたしは生きて行けるもん」
こいつ……。
可愛い事を言うじゃねぇか。
反則だろ、今の言葉は?
よーし、今夜はたっぷり可愛がってやるから、覚悟しとけよ、咲。
「翔君?何をひとりで百面相してるの?にやにやして……あ~また変な事考えてたんでしょ?」
「おい、人をまた変態呼ばわりすんのかよ?いい加減にしてくれよな。お前に夏に街ん中で変態って絶叫されてから、俺はずっと赤井翔は変態だって、噂が広がってたんだからな」
「えっ?そうなの?すごーい。超有名人だったんだねぇー」
「ちがーう!そう言う意味じゃなくて、って、俺達の番だぜ」
翔と咲がスペースマウンテンに乗り込んだ。
ちょっと待てよ、俺って絶叫系ってダメだったんじゃ……。
と、気付いた時既に遅し。
翔と咲を乗せたそれはゆっくりと登っていった。
次の瞬間、物凄いスピードで急降下した。
咲は隣りできゃっきゃっしている。
が、翔は掴んだバーから、手を離す事も出来なくなっていた。
降りた時、膝が笑っていた。
「翔君?歩き方がおかしいよ?どうしたの?」
「い、いや。何でもねぇから、気にすんなよ」
「ふぅーん、てっきりあたしは腰でも抜かしたのかと思っちゃった」
こら、気付いてて知らんぷりとは、いい度胸だな。
夜は咲が腰抜かす番だからな。
楽しい時間はあっと言う間に過ぎて、もう真っ暗になっていた。
そろそろホテルにチェックインしないとな。
「咲、そろそろ出よう。ホテルに入らないとな」
「そうだね、明日もあるもんね」
さすがにはしゃぎ疲れたのか、咲は眠そうにしていた。
しかーし甘いな、咲。
この俺が何もしないで、お前を寝かせる訳がないだろう?
お楽しみの時間はこれからなんだからな。
「翔君、どこのホテル予約したの?」
「ん……と、ヒルトンベイ、だっけかな?」
「ヒルトン?そこ一番高いホテルだよ?多分だけど。あたしがお金出す「咲はいいんだよ、何回も言わすな」」
「はぁ~い、でも足りなく「ならねぇから心配すんな。分かったか?」」
「……分かった」
「いらっしゃいませ」
さすが、セレブなホテル。
ちゃんとドアマンがいる。
それからベルボーイが「いらっしゃいませ。ご予約のお客様でございますか?」とにこやかに聞いて来た。
「電話で予約した赤井だけど」
「赤井様でございますね、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
翔はフロントに案内された。
その間に、ベルボーイが咲の荷物を運ぶ台車を押してきた。
「お客様、お荷物お預かり致します」
「あ、ありがと」
咲はぽやんとしてるが、かなり裕福な環境で育っている。
こういう所も場慣れしていた。
「赤井様で御座いますね、お待ちしておりました。こちらの宿泊カードにご記入をお願いします。」
またこれかよ。
普通のホテルはこれが面倒だよなぁ。
「…お待たせ致しました。お部屋はヒルトンルームのダブルでお間違えないでしょうか?」
「それで間違いないよ。」
「畏まりました。それではベルボーイがお部屋までご案内致します。」
そう言って、カードキーをベルボーイに渡した。
そのキーナンバーを見て「それではお部屋は5階になります。」と先導して行った。
カチャリ…。
ベルボーイが、静かにドアを開けた。
「うわぁ~。翔君、シンデレラ城が見えるよ。ライトアップされてて凄く綺麗…。」
ベルボーイは荷物を置くと、恭(うやうや)しく敬礼してから、出て行った。
「咲、お前風呂入るだろ?」
「入る~。歩き過ぎて汗かいちゃった。」
「んじゃ一緒に「翔君まだそんな事言うのかなぁー?もう一回変態って叫ぼうか?」」
「や、やめてくれよな。こんなとこでそんな事叫んだら、警備員が来るからよ…んじゃ、咲先に入れば?俺腹減っちゃったから、ルームサービス頼むからよ。」
「あたしもお腹減ったな。ランドの中は何処行っても美味しくないし。」
「じゃあメニュー決めてからにしろよ。俺頼んどくからさ。」
「軽いものでいいよ、翔君適当に頼んで。あ、ジュースは忘れないでね。」
そう言って、咲はバスルームに消えた。
適当に頼むのが、一番難しいんだけどな。
まぁ、咲の好みぐらい、もう覚えたけどな。
メニューをパラパラと捲(めく)って、翔は電話を掛けた。
さて…。
ルームサービスが届くまで時間あるかな。
咲はまだバスルームか…。
入って行ったら怒るかなぁ?
でも、もう今更だと思うのは、俺だけなのかな?
試(ため)しに入ってみようかな。
俺もシャワー浴びてぇもんな。
バスルームのドアを開けると、咲が歌を歌ってるのが聞こえて来た。
ご機嫌だな。
これなら入っても大丈夫だよな。
そう考えると、もう入らずにはいられなくなる。
そ…と、バスルームに入った翔と、そこにいた咲の視線がばっちり合った。
「へ…?」
咲にはあまりにも唐突な出来事で、理解するまで固まっていた。
その咲の様子を見て、怒ってないと思った翔がそのまま入って来たから大変な事になった。
「いやぁぁ~、翔君のバカ「やめろ、咲!こんなとこで叫ぶな!」」
慌てて咲を抱き締めた。
そうなると、咲は弱い。
もう、何の抵抗も見せずに、大人しく翔と一緒に初めてのお風呂に入った。
それでも明かる過ぎる照明の下、初めて翔の身体を見た。
まだ、16才の少年の身体は、線が細く、すんなりとしていた。
咲もまだ18才。
とても大人とは言えないその身体だが、翔は明るい部屋で初めてその身体を見た。
透ける様な肌の白さ、吸い付く様な感触。
少し茶色味かかった瞳。細い腰の線。
咲のどれをとっても綺麗だと思った。
「咲、誕生日おめでとう…これ、俺から咲にプレゼント。」
咲はまださっきのバスルームの件から、夢の中にいる様にぽけ~っとしていた。
「ありがと…って、えっ?プレゼントってディズニーランドじゃないの?」
「それは想い出にしかならないだろ?形のある物をあげたかったんだ。」
「…これ、開けてみてもいい?」
「いいよ、もう咲のものだからね。」
可愛くリボンの付いたその包みの中身は、ピンクゴールドのネックレスだった。
「翔君、こんな高いもの貰っていいの?」
「うん、咲がいつも身につけててくれる物にしたかったんだ。いつも俺と一緒にいる気がするでしょ?」
「翔君、大好き!!」
そう言って咲は、翔に抱きついた。
おっと、そんなに俺が好きか?咲。
んじゃあ遠慮なく俺も…。
「咲…。俺も大好きだよ。」
そのままベッドに倒れ込むふたり。
ふたりの身体が重なって、ひとつになる。
翔君が大好き…。
翔君が大好き…。
こんなに幸せでいいのかな?
あたしだけこんなに幸せで、本当にいいのかな?
翔の荒い息を耳元で聞きながら、咲の頭の中で木霊する。
そのまま…。
咲は初めて意識を飛ばした…。
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